Thursday, April 15, 2021

星の王子さま(Japanese2)

星の王子さま

作 サン=テグジュペリ 谷川かおる



http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_01.png




レオンヴェルトに捧げる


 子どもの皆さんにはすまないと思うけれど、ぼくは、この本をひとりのおとなに捧げる。ぼくには、そうするだけのちゃんとした理由があるんだ。まず、このおとなのひとは、ぼくの世界で一番の親友だから。それから、二つ目の理由。このおとなのひとは、なんだって理解できるから。たとえ子どもの本であってもね。三つ目の理由、それは、このおとなのひとがフランスに住んでいて、飢えと寒さに苦しんでいるっていうことだ。彼には慰めがどうしても必要なんだ。もしこの三つの理由ぜんぶでもじゅうぶんじゃないなら、ぼくは、かつて子どもだったころのこのひとに、この本を捧げようと思う。おとなはみんな、はじめ、子どもだったんだ。(それを忘れずにいるおとなは、いくらもいないけれど)。だから、献辞の言葉は、こう書き直そう。

 かつて、子どもであったころのレオンヴェルトに捧げる





 

 六のころ、ぼくは、原始林のことが書いてある『本にあった話』という本のなかで、すばらしいに出った。それは、ボアという大蛇が、を一匹のみこもうとしているだった。これが、そのしたものだ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_02.png

 本には、こう書いてあった。「ポアは、獲物をまずに丸ごとのみこんでしまいます。そのため、のみこんだあとは身動きできず、六か月間眠ってその獲物を消化するのです」

ぼくは、ジャングルで起こる冒をいろいろ考え、そして今度は、色鉛筆を使って、生まれてはじめてのをりっぱに描きあげた。ぼくの第一。それは、 こんなふうだった。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_03.png

ぼくはこの傑作を、おとなのひとたちに見せ、ねえ、怖いでしょ、とたずねた。

 でも、みんなこう答えた。「なんで帽子が怖いのかい?」

ぼくのは、帽子を描いたものなんかじゃない。ゾウを消化しているさいちゅうの大蛇を描いたものなんだ。そこでぼくは、おとなのひとたちにもわかるように、大蛇のからだのなかも描いてみた。おとなには、いつも明が必要なんだ。ぼくの第二。こんなだ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_04.png

 するとおとなたちは、からだのなかが見える大蛇だろうが見えない大蛇だろうが、とにかく大蛇のなんか描くのはやめなさい、そんなものより地理や史や算や文法を勉しなさい、とぼくに言った。そんなわけで、六にして、ぼくは描きというすてきな職業をあきらめることになった。ぼくは、ぼくの第一と第二が認められなくて、すごくがっかりしたんだ。おとなは、いつだってひとりじゃなにも理解できない。子どもにしてみれば、いつもいつもおとなになにか明しなくちゃならないのって、うんざりなんだ…。

そこでぼくは、描き以外の職業を選ばなくてはならなかった。それで飛行機の操えた。ぼくは、ほとんど世界じゅうを飛行機で飛んだ。そう、地理。たしかに、これはすごく役にたってくれた。ぼくは、一目見ただけで、中でもアリゾナでも見分けることができた。夜中に方向を見うしなったときなんか、とても役立つんだ。

こんなふうにして、ぼくは、山ほどのまじめな人たちと、たくさんつきあってきた。おとなたちのあいだでずっと生きてきた。そして、おとなたちを間近で見てきた。でも、それで、おとなにするぼくの考えが、たいして良くなったとは言えない。

賢そうに見える人に出ったときはいつも、ずっと取ってあるぼくの第一を、その人に見せてみた。その人が本にもののわかる人かどうか知りたかったからだ。でも、答えはいつもこうだった。「帽子ですね」。それを聞くと、ぼくは、大蛇のボアのことも、原始の森のことも、星のことも話さなかった。その人が理解できるようなことだけを話した。トランプのブリッジとか、ゴルフとか、政治やネクタイのことだ。そうすると、その人は、自分と同じように分別のある人間と知り合いになれたと思って、とてもまんぞくしたんだ。


 こんなふうにして、本のことを話す相手もなく、ぼくはひとりで生きてきた。今から六年前、サハラ砂漠で飛行機が故障するまでは。エンジンのどこかがいかれてしまったんだ。飛行機にはエンジニアも客もいなかったから、ぼくはたったひとりで難しい修理をやってのけなければならなかった。ぼくにとっては生きるか死ぬかの問題だった。み水は、かろうじて一週間分しか持っていなかった。

最初の晩、ぼくは、人間が住む土地から千マイルもはなれた砂の上で眠りについた。船が難破して、海のまんなかを救命ボトでただよう人よりも、もっと孤だった。だから君たちだって、明け方、奇妙なかわいいで目がめたとき、ぼくがどんなに驚いたかわかると思う。そのはこう言ったんだ。

「ねえ、ぼくに羊を一匹描いてよ!」

えぇ!?
「羊を一匹描いてよ....」

ぼくは、雷にうたれたみたいに跳ね起きた。目をこすり、あたりを見まわした。するとそこには、世にもふうがわりな男の子がいて、真剣な顔でほくをじいっと見つめていたんだ。これが、あとになってから描いたその子の肖像で、一番うまく描けている。もちろんぼくのは、本人がすてきなのと比べたら、足もとにもおよばない。でも、しようがないじゃないか。描きになる夢は、おとなたちのせいで六のとき諦めてしまったし、それ以、大蛇の外側と側を描いたのほか、の稽古なんかしていなかったんだから。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_05.png

 ぼくは、ふってわいたように出てきたこの男の子を、驚きのあまり目をまんまるにして見つめた。ぼくがそのとき、人間の土地から千マイルもはなれたところにいたっていうことを思いだしてほしい。男の子は、迷子のようには見えなかった。飢えやきや疲れのあまり死んでしまいそうにも見えなかった。死ぬほどおびえているようにも見えなかった。どんな村や町からも遠くはなれた場所ではぐれてしまった子どものようにはぜんぜん見えなかったんだ。ようやくのことでをだせるようになると、ぼくはこうたずねた。

「えっと....でも、君、ここでなにしてるの?」

すると男の子は、ものすごくだいじな問題を話すときのように、ゆっくりとくり返した。

「お願いだから、ぼくに羊を一匹描いてくれない....」

ひとは、度を超えて不思議なものと出くわすと、思わずそれを受けいれてしまうものだ。人里遠くはなれた場所で死ぬかもしれないというとき、そんなことをするのはまったくばかげているとは思ったけれど、ぼくはポケットから紙と万年筆をひっぱりだした。でも、それから、自分が地理や史や算や文法ばかり勉していたことを思いだして、は描けないんだよと(ちょっと不機嫌な調子で)、男の子に言った。その子はこう答えた。

「だいじょうぶだよ。羊を一匹描いてよ....」

羊なんていちども描いたことがなかったから、ぼくは自分が描けるたった二種類ののうちのひとつを描いてみた。大蛇ボアの外側のだ。そしてぼくは、その子がこう答えるのを聞いてびっくり仰天することになった。

「ちがう、ちがうよ! ボアにのみこまれたゾウなんていらないよ。ボアって、すっごく危だし、ゾウは、すごく場所をとるでしょ。ぼくんとこ、とっても小さいんだよ。ぼくは羊が一匹ほしいんだ。羊を描いてよ」

そこでぼくは、羊を描いてみた。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_06.png

 男の子は、それをじっくり見た後、こう言った。

「だめだよ ! これ、病でよろよろになってるじゃない。別のを描いてよ」

描いてみた。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_07.png

 ぼくの小さな友だちは、それを見てやさしくほほえんだ。大目に見てあげる、という感じだ。

「ねえ....。これって、羊じゃなくって暴な牡羊でしょ。角があるもの」

そこで、ぼくはまた描き直した。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_08.png

 しかし、そのも前と同じようにられてしまった。

「これは年よりすぎるよ。ぼくは長生きする羊がいるんだ」

すぐにエンジンの分解をはじめなくてはならなかったぼくは、つき合いきれない持ちになり、こんなをぞんざいに描き、宣言した。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_09.png

 「ほら、箱だ。君がほしい羊は、このなかにはいってるんだ。
驚いたことに、この小さな羊の審判員は、ぱっと顔を輝かせた。

「こういうのが欲しかったんだよ! ねえ、この羊、草をたくさん食べるかな」

「なんで?」

「だって、ぼくんとこ、すごくいから」

「だいじょうぶだよ。そりゃあちっちゃな羊を描いてあげたからね」

男の子は、頭をかしげてをのぞきこんだ。

「そんなにも小さくないよ....。ね、見て! 眠っちゃったよ....」

こんなふうにして、ぼくは王子さまと知りあったのだった。


 彼がどこからたのか理解するには、ずいぶん時間がかかった。王子さまはぼくにたくさん質問をしたけれど、ぼくの質問はぜんぜん耳にはいらないようだった。たまたま彼が口にした言葉を少しずつつなぎあわせて、ようやくすべてがわかったんだ。たとえば、ぼくの飛行機を一はじめて見たとき(ぼくには複すぎるから、飛行機のは描かないことにする)、彼はこうたずねた。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_10.png

「このヘンなの、なあに?」

「ヘンなのじゃないよ。これは飛ぶもので、飛行機っていうんだ。ぼくの飛行機だ」

ぼくは、自分が飛行機で飛んできたと王子さまにえるのが誇らしかった。すると彼はこう答えた。

「え!じゃあ、空から墜ちてきたの!」

そうだよ、とぼくはましく答えた。

「へえ!それって、おかしいなあ!」

そして王子さまは、きらきらとけるようなで笑いだした。ぼくには、それがひどくしゃくにさわった。自分の災難を深刻にとってほしかったんだ。それから王子さまはこう言った。

「じゃあ、あなたも空からたんだ!どの星からたの?」

ぼくは、彼がここにいる謎を解く手がかりをつかんだように思い、いきなりこう問いただしてみた。

「君は、それじゃあ、ほかの星からたんだね?」

でも、彼は、それには返事をしなかった。ただゆっくりと首をふりながら、ぼくの飛行機をじっとながめていた。

「そうだよね、これだとそんな遠くからられないもの....」

それから王子さまは、長いあいだ物思いにふけり、そのあとポケットからぼくの描いた羊を取りだすと、その物にじっと見いった。

「ほかの星」からたとほのめかすような言葉を聞いて、ぼくがどれほど妙な持ちになったかわかるたろう。だからぼくは、どうにかしてもっとはっきりしたことを知ろうとした。

「ねえ、君、君はどこからたの?"ぼくんとこ"って、どこにあるの?あの羊をどこに連れていくつもりなの?」

王子さまは、物思わしげな沈のあと、ぼくにこう言った。

「よかったのはね、箱をくれたから、夜、羊の家があるってことだよ」

「そうだね。いい子にしていてくれたら、のあいだ羊をつないでおく綱もあげるよ。それから杭も」

この提案は、王子さまをびっくりさせたようだった。

「羊をつなぐの? すっごくわった考えだなあ!」

「だって、つないでおかなければ、勝手にどこかへ行って、迷子になっちゃうよ」

ぼくの小さな友だちは、また笑いだした。

「でも、羊がどこに行くっていうの?」

「どこでもさ。まっすぐ好きなほうに行っちゃうんだ」

すると王子さまは、まじめな顔になって、ぼくにこう言って聞かせた。

「だいじょうぶだよ。ぼくんとこ、ほんとうに小さいんだから!」

それから、ちょっと寂しくなったようすで、こうつけくわえた。

「まっすぐ好きなほうに行っても、遠くまでは行けないんだ....」


 こうしてぼくは、二つ目のとてもだいじなことをんだ。王子さまがやってきた星は家一軒くらいの大きさしかない、ということだ!

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_11.png

 そう知っても、ぼくはそれほど驚かなかった。地球や木星、火星や金星といった、ちゃんと名前がついている巨大な惑星のほかに、望遠鏡でもなかなか察できないほど小さな惑星が何百もあることを、よく知っていたからだ。天文者はそんな星を見つけると、その星に名前じゃなくて番をつける。たとえば、「小惑星325」というように。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_12.png

 ぼくは、ちゃんとした理由があって、王子さまの星は小惑星B612にちがいないと思っている。一九九年に、トルコの天文者によってたった一度だけ測された小惑星だ。
 この天文者は、際天文学学会で自分の見を大的に表した。でも、そのとき彼が着ていたトルコの服のせいで、誰も彼のいうことを信じようとしなかった。おとなって、そんなもんだ。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_13.png

幸いなことに、小惑星B612は名を挽回できた。トルコの皇帝が、民に、ヨロッパ人と同じような服を着るべし、着ない者は死刑だ、というおれを出したためだ。一九二年、その天文者は、ふたたび表を行った。今度はとってもエレガントなヨロッパの服で。そしてこのたびは、誰もが彼の言うことを信じたのだった。

小惑星B612についてくわしい話をしたり、番までえたりしたのは、おとなたちのせいだ。なにしろおとなは、字が大好きだから。たとえば、君たちが自分の新しい友だちのことを話しても、おとなたちは決して肝心なことを尋ねたりしないだろう。つまり、こんなふうに質問したりしないんだ。「その子のって、どんな感じ?」「その子が好きな遊びはなに?」「蝶を集めてる?」その代わり、おとなたちはこう訊くだろう。「その子は何なの? 兄弟は何人? 体重は何キロ? お父さんはどのくらいお金持ち?」おとなは、こういうことを知りさえすれば、その子のことがわかったになる。それに、もし君がおとなに向かってこう言ったとしよう。「すごくきれいな家を見たよ。バラ色のレンガの家で、窓にはゼラニウムがいているし、屋根には鳩がいるんだ…」これじゃあ、おとなはうまくその家を想像できない。おとなには、こう言わなくちゃならないんだ。「十万フランの家を見たよ」これなら、おとなは叫ぶだろう。「なんてすごい家なんだ!」

だから、もし君がおとなに向かって、「星の王子さまは本にいるんだよ。だって王子さまはうっとりするほどステキだったし、よく笑ったし、それから羊をほしがったんだから。羊をほしがるのは、そのひとがいるっていう証なんだ」と言ったなら、おとなたちは肩をすくめて、君を子どもとして扱うだろう! でも、もし君が、「彼がやってきた星は、小惑星B612です」と言えば、おとなたちは納得し、つまらない質問で君をませたりしないだろう。おとなって、そんなものだ。おとなに腹を立てちゃいけない。子どもは、おとなにしてうんと容でなくちゃいけないんだ。

でも、もちろん、人生というものを知っているぼくらは、字なんかどうだっていい! だからぼくは、いっそのこと、この話をおとぎ噺みたいに始められればよかったと思う。こんなふうに。

「むかしむかし、あるところに小さな王子さまがおりました。王子さまは、自分よりほんのちょっと大きいだけの星に暮らしていて、友だちがほしいと思っていました....」人生を知っている人間にとっては、このほうがずっと真実味があったかもしれない。

だってぼくは、自分の本がしくまれてしまうのが嫌なんだ。この思い出を語るために、ぼくはずいぶんとつらい思いをしている。ぼくの友だちが羊といっしょに去っていってしまってから、もう六年たった。いまこれを書いているのは、彼のことをわすれないためだ。友だちのことをわすれるのは悲しい。誰にでも友だちがいたわけじゃないんだ。それにぼくだって、字にしか興味がないおとなになってしまうかもしれない。だから、ぼくは、一箱のの具と鉛筆を買ってきた。このになってもう一度に取りかかるのはたいへんだ。六のころ、大蛇の外側と側を描いた経験しかない人間にとっては! もちろんぼくは、できるかぎり本物に似たを描くつもりだ。でも、うまくいくかどうか、ぜんぜん自信がない。似てるもあるし、あまり似てないもあるだろう。それから、背丈もまちがいやすい。王子さまが大きくなりすぎたり、小さすぎたりしてしまうんだ。王子さまの服の色も、よくえてなかったりする。そんなわけで、ぼくは、どうにかこうにか、つっかえつっかえ手探りで描いているんだ。しかも、もっとたいせつな細かいところもまちがえているかもしれない。でも、だからといって、ぼくを責めないでほしい。ぼくの友だちは、ぜんぜん明なんかしてくれなかったんだから。彼はたぶん、ぼくのことを、自分と同じような人間だと思ってくれていたんだ。でも、そのぼくは、悲しいことに、箱のなかに羊を見ることなんてできない。きっとぼくは、少しばかりおとなの人間なのだろう。ぼくはたぶん、年老いてしまったのだ。

 ぼくは、王子さまがやってきた星のこと、旅の始まりのこと、その旅の道中のことを、日少しずつ知るようになった。たまたま王子さまが口にだした考えを聞いているうち、ほんの少しずつ、ぼくにもわかってきたんだ。三日目に、おそろしいバオバブの話を知ったのも、そんなふうにしてだった。

今度もまた、羊のおかげだった。王子さまは、深刻な疑問にぶつかったという顔で、急に問いかけてきた。

「羊が小さな木を食べるって、ほんとなんでしょ?」

「ああ、ほんとさ」

「わあ、よかった!」

羊が小さな木を食べるかどうかが、なぜそんなに重要な問題なのかぼくにはわからなかった。王子さまはこうつづけた。

「そしたら、羊はバオバブも食べるよね?」

ぼくは、バオバブは小さな木なんかではないこと、それは教会堂くらい大きくて、もしゾウの群れを連れていったとしても、一本のバオバブさえ食べきれないということを王子さまにえた。

ゾウの群れというたとえを聞いて、王子さまはまたけるように笑った。

「ぼくんとこだったら、ゾウを重ねておかなくちゃならないなあ……」

でも、利そうに、彼はこう指摘した。

「でもバオバブだって、大きくなる前、初めのうちは小さいじゃない」

「そうだ、そうだね! でも、なんで君は、小さなバオバブを羊に食べてほしいんだい?」

王子さまの答えはこうだ。

「だってほら、わかるでしょ!」

そんなこと、言うまでもないたり前のことだ、というふうだ。そこでぼくは、ひとりで知をふりしぼってこの問題を理解しなくてはならなかった。

じっさいのところ、王子さまの星には、あらゆる星と同じく、いい草とい草があった。いい草のいい種と、い草のい種があるのだから。でも、種はひとめにつかない。土のなかにひっそりと眠っていて、ある日、種の一つが思いついたように目をます。目をました種は、背伸びして、はじめはおずおずと、太陽に向かってみずみずしいをのばす。それが二十日大根とか薔薇の芽なら、そのままほうっておいて、育つままにしておけばいい。でも、それがい植物なら、見つけたらすぐ地面から引きぬかなくちゃならない。王子さまの星には、恐ろしい種があった。バオバブの種だ。星の土にはバオバブの種がはびこっていた。バオバブは、手れにならないうちになんとかしないと、もうどうしようもなくなる。星ぜんたいをおおってしまうんだ。根で星にきりきりと穴をあけてしまう。そしてもしその星がすごく小さくて、バオバブのが多ければ、星は粉けてしまう。

「きちんとする習慣を持つってことなんだけど」と、王子さまはあとになってからぼくに言った。「朝、自分の身支度が終わったら、今度は丹念に星の世話をしてやるんだ。定期的にバオバブを引きぬかなくちゃいけないんだよ。パオバブが薔薇と見分けがつくようになったらすぐね。だって、最初、芽をだしたばかりのバオバブは、薔薇とそっくりだから。つまらないけど、とても簡な仕事だよ」

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_16.png

 める日、王子さまは、ぼくの星の子どもたちがこのことをしっかり頭にいれておけるよう、を描いておいたほうがいいと言った。「だって、いつかその子たちが旅をしたとき、きっと役立つんじゃないかな。自分がしなくちゃならない仕事をあとまわしにしたって、問題ないときもある。でも、バオバブの場合、そんなことしたら必ずとんでもないことになるんだ。ぼくは、怠け者が一人で住んでいる星を知ってるんだよ。その怠け者は、バオパブの芽を三本ほうっておいて、それでどうなったかというと....」

ぼくは、王子さまがえてくれたとおり、怠け者の星のを描いてみた。ぼくは、お説教じみたことが好きじゃない。でも、みんな、バオバブがどんなに危ないかちっとも知らないし、小惑星でひとがものごとをきちんとしなかったときの危ははかりしれないから、一回だけ例外をもうけることにする。ぼくはこう言いたいんだ。「子どもたちよ!バオバブにはをつけなさい!」ぼくは、このをずいぶんがんばって描いた。ぼくの友人たちも、ぼく自身も、長いあいだ背中あわせに生きているのにづかないでいる危が存在することを警告するためだ。つまり、苦して描く値のある訓が、ここにはこめられているんだ。ところで君たちは、こんなふうに思うかもしれないね。「なんでこの本には、このバオバブのと同じくらい堂として立派ながないんだろう?」 答えはかんたん。ほかのもがんばってはみたけれど、うまくいかなかっただけだ。このバオバブを描いたとき、ぼくは、たいへんだ、緊急事態だ、という思いでいっぱいだったんだよ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_17.png


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_18.png

 ねえ、君、ぼくのたいせつな王子さま、ぼくはこんなふうにして、君の物憂いささやかな暮らしのことを少しずつ知るようになった。長いあいだ、君には慰めといったら、夕日を見るしみしかなかったんだね。ぼくは、四日目の朝、この新しい小さな秘密を知った。君がぼくにこう言ったときだ。

「ぼく、夕日が好きなんだ。いっしょに見に行こうよ」

「でも、待たなくちゃね……」

「待つって、なにを?」

「日が沈むのをさ」

君は最初、とても驚いたようだったね。それから自分はばかだなというふうに笑い、こう言った。

「ぼく、まだぼくんとこにいるになってたんだ」

ほんとだね。誰でも知ってるとおり、アメリカ合衆でおの十二時なら、フランスは日の時間だ。日が沈むのを見たければ、一分後にフランスに行けばいい。念ながら、フランスは遠すぎて一分では行けないだけだ。でも、君の星、本にちっちゃな君の星なら、すわってるイスをちょっとだけ引っぱればいい。そうすれば、好きなだけ何度も夕けをながめることができる……。

「ある日ぼくは、日が沈むのを四十四回見たんだよ!」

そして君は、少ししてからこう言いたした。

「ねえ、あんまり悲しいと、夕日が好きになるよね……」

「じゃあ、四十四回夕日を見た日、君はそんなに悲しかったのかい?」

王子さまは、なにも答えなかった。


 

五日目、やはり羊のおかげで、王子さまの暮らしの秘密がまた一つぼくに明かされた。彼は、なんの前置きもなく、いきなりこう尋ねた。それは、長いことだまってずっと考えていた問題のようだった。

「羊ってさ、小さな木を食べるんだから、花も食べるかな?」

「そのへんにあるもんなら、なんでも食べるさ」

「トゲのある花でも?」

「ああ。トゲがある花だってね」

「それじゃ、トゲっていったいなんの役に立つの?」

ぼくは知らなかった。そのときぼくは、エンジンにきつく締まっているボルトをはずそうと必死になっていた。ぼくはすごく不安になっていた。エンジンの故障は思っていたよりずっと深刻なようだし、み水はもうすぐなくなりそうだった。だからぼくは、最の事態も考えはじめていた。

「ねえ、トゲっていったいなんの役に立つの?」

王子さまは、一度質問をしたら、いつもけっしてあきらめようとしなかった。ボルトにいらいらしていたぼくは、いいかげんに答えた。

「トゲなんて、そんなもんはなんの役にも立たないんだ。たんに花が意地したいだけなんだ!」

「え!」

ちょっとだまったあと、彼は、ぼくが言ったことにムッとしたようすで、ぼくにこう言葉をあびせた。

「ぼくはそう思わないよ! 花はか弱いんだ。無邪なんだ。自分だってだいじょうぶって安心しているんだ。トゲがあるから、自分はおそろしくいと思ってるんだ......」

ぼくは、なにも答えなかった。そのとき、考えごとにふけっていたのだ。「このボルトがこのままはずれないつもりなら、ハンマで叩いて吹っとばしてやる」王子さまは、ふたたびぼくの考えごとをさえぎってこう言った。

「ねえ、ほんとにそう思ってるの? 花は.....」

「ちがうよ、ちがうんだってば! ほんとはそんなこと思っちゃいないよ。 いいかげんに答えただけなんだよ。ぼくは今、まじめな問題に取り組んでるから!」

王子さまは、あ然としてぼくを見た。

「まじめな問題!」

彼はぼくをながめていた。手にハンマを持ち、指はきたない機械油にまみれてく、彼にはとても醜く見えるものの上にかがみこんでいるぼくを。

「まるでおとなのひとみたいな話し方をするんだね!」

それを聞くと、ぼくはちょっと恥ずかしくなった。でも、彼は情け容赦なくこう言いたした。

「なにもわかっちゃいないんだ…、なにもかも全部ごたまぜにしてるんだ!」

王子さまは、本に腹を立てていた。イライラして頭をふり、金色のが風になびいた。「ぼく、すごい赤ら顔の男のひとが住んでる星に行ったことがあるんだ。そのひとは、一度だって花の香りなんかかいだことがない。星を見たことがない。誰も愛したことがない。やることといったら、計算だけなんだ。そして一日中、あなたみたいに言いつづけてるんだ、わたしはまじめな人間だ、まじしめな人間だって! それでうぬぼれでいっぱいになってるんだ。でも、そんなの人間じゃない、そんなのはキノコだ!」

「そんなのは何だって?」

「キノコッ!」

いまや王子さまは、顔がざめるほど怒っていた。

「花は、何百万年も前からずっとトゲをつけてる。それなのに羊は何百万年も前からずっと花を食べてる。だったら、花は、なんでそんな役に立たないトゲを苦してつけようとするのか、それを知りたいと思うのは、まじめなことじゃないの?花と羊のあいだの戦争は、だいじなことじゃないの?ふとった赤ら顔の男のひとの計算よりも、だいじでまじめなことじゃないの?そして、ぼくがの星にしかない世界でたった一つの花を知っていて、でも、たとえばある朝、小さな羊が、自分がなにをしてるかわからないままその花をぱくりと食べちゃうかもしれないとしたら、それはだいじなことじゃあないの!?」

彼は顔を赤らめ、そしてつづけた。

「何千万もえきれないほどある星のなかで、たったひとつの星にしかない花を愛してるひとがいたら、そのひとは星空をながめるだけで幸せになれるんだよ。ああ、ぼくの花は、あのどこかにいるんだって。でも、もし羊が花を食べてしまったら、それはそのびとにとって、すべての星がとつぜん消えてしまうのと同じなんだ!それでもそれは、だいじなことじゃあないの!?」

王子さまはもう話しつづけることができなかった。ふいにのどをつまらせ、すすり泣きはじめたのだ。もう夜になっていた。ぼくは工具をほうりだしていた。あんなハンマも、ボルトも、きも死も、もうどうだっていいことに思えた。この星の上、ぼくが、ぼくの星である地球という惑星の上には、小さな王子さまがいて、なぐさめてやらなければならないのだ。ぼくは彼を抱きとめ、しずかにゆすった。「君が愛している花は、危ない目になんかわないんだ....。ぼくは「羊に、口輪を描いてあげるよ....。君の花には、身を守るものを描いてあげるよ....。それにぼくは....」 ぼくは、それ以上、なんと言っていいのかわからなかった。自分がまるでまぬけに思われた。どうしたら彼の心をとらえることができるのか、どうすればまた持ちが通いあうのか、ぼくにはわからなかった....。とは、じつに神秘なものだ。


  ぼくは、じきにこの花のことをもっと知るようになった。この花が現れる前も、王子さまの星にはとても素朴な花がいつもいていた。身を飾る花びらは一重だけで、場所もとらず、誰のじゃまもしない花たちだ。それらの花は、朝、草のあいだから顔をだし、晩にはしぼんでいくのだった。でもある日、どこからかはこばれてきた種が芽をだした。王子さまは、ほかとは似ていないその芽を注意深くながめ、警戒を怠らなかった。もしかしたら新種のバオバブかもしれない。しかし、その苗木はじきに成長をとめ、花をかせる準備をはじめた。枝に、それはそれは大きなつぼみがつくのを見た王子さまは、すぐ奇跡のように花がきだすと思った。でも、美しい装いの準備はなかなか終わらず、花は、色のれ家にひそんだままだった。花は、注意深く自分の色を選んでいた。ゆっくりと身支度をととのえ、花びらを一枚一枚ぴったりと重ねあわせていった。彼女は、ひなげしみたいにしわくちゃな顔で現れたくなかった。美しさがあたりに光り輝くような姿で生まれるのでなくてはいやだった。そう! 彼女は、じつにおめかしやさんだったんだ! 花の秘密のお化粧は、何日も何日もつづいた。そしてある日、まさに日が昇るそのとき、彼女は花開いた。

念には念をいれた装いの仕上げをようやく終えた花は、あくびしながらこう言った。

「ああ、わたし、いま目がめたばっかりで······。ごめんなさいね、まだれていて……」

王子さまは、感嘆のをおさえられなかった。

「君、なんて美しいんだろう!」

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_20.png

「ね、そうでしょ」と、花は鷹揚に答えた。「わたし、太陽といっしょに生まれてきたのね....」

王子さまは、その花がみ深い性格とはとても言えないことがよくわかった。

しかし、それでもやっぱり彼女は感動するほど美しかったのだ!

「わたし思うんだけれど、朝食の時間じゃないかしら」と、花はすぐ言いたした。

「よろしけれは、わたしの食事のことを考えてくださると....」

王子さまは、あわてて新鮮な水のはいったじょうろを持ってくると、花に水のお給仕をした。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_21.png


  花はこんなふうに取りやで、分を害してしまいやすい質だったため、王子さまは、じきに花のことで苦しむようになった。たとえば、ある日のこと、花は自分の四本のトゲのことを自慢しながら、王子さまにこう言った。

「恐ろしい爪をしたトラがたってだいじょうぶだわ!」

「でも、この星にはトラなんていないし」と、王子さまは反論した。

「それに、トラって草は食べないよ」

「わたし、草、はんかじゃありません」と、花はゆっくり答えた。

「ご、ごめんなさい....」
「わたし、トラなんか怖くありませんけれど、風が吹きつけるとぞっとしてしまうわ。あなた、風よけのついたてをお持ちじゃないかしら?」http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_23.png

「風が吹くとぞっとするなんて....。植物なのに困ったもんだなあ」と、王子さまは思った。「この花は、とってもむずかしいんだ....」

「晩になったら、わたしにガラスの覆いをかぶせてくださいね。あなたの星、とても寒いんですもの。居心地がいわ。わたしが前いたところでば....」
  でも、花は、そこで口をつぐんだ。花は、種の姿でこの星にやってきたのだから、ほかの世界のことなど、なにも知るはずがなかったからだ。見えすいたをつこうとするところを見られた花は、恥をかかされたように感じ、ごまかすためにコホコホと二、三回咳をした。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_24.png

「で、ついたては?」

しに行こうとしたら、君がまた話しはじめたんだよ!」

すると花は、むりにコホンと空咳をした。どうしても王子さまを後悔させて苦しめてやりたかったからだ。

かくして、心から愛していたにもかかわらず、王子さまは、じきに花が信じられなくなった。取るにたらない言葉をにうけ、かえってひどく不幸せになってしまったのだ。

「花の言うことを聞かないほうがよかったんだと思う」と、ある日王子さまは、ぼくにうち明けた。「花っていうのは、話を聞くものじゃないんだ。ながめたり、香りをかいだりすべきなんだ。ぼくの花は、ぼくの星をいい香りでいっぱいにしてくれたけど、ぼくは、それをしむことができなかった。トラの爪の話だって、あのときぼくはずんぶんイライラしちゃったけど、ほんとは、ああ、かわいいなあってやさしい持ちにならなくちゃいけなかったんだ....」

「あのころ、。ぼくはなにもわかっていなかったんだ!花のこと、言葉じゃなくって、花がぼくにしてくれることで判しなくちゃいけなかったんだ。花は、ぼくをいい香りで包んでくれたし、ぼくを明るく照らしてくれた。ぼくは、ぜったい逃げだしちゃいけなかったんだ!つまんない意地のうしろには、花のやさしさがれていることにづかなくちゃならなかったんだ!花って、すごく矛盾してるんだよ!でも、ぼくはあんまり幼くて、花をどう愛していいのかわからなかった」



星を出ていくとき、王子さまは、渡り鳥が飛んでいくのをうまく利用したのだとぼくは思う。出の朝、王子さまは自分の星をきちんと整えた。活火山は、たんねんに煤いをしてやった。星には二つの活火山があったんだ。朝食をあたためるのに、あつらえ向きの火山だ。火が消えている火山もひとつあった。でも、王子さまは、「ぜったいだいじょうぶってわけじゃないからね!」と考え、同じように煤いしてやった。きちんと煤をはらってすっきりさせておけば、火山はかにむらなく燃えて爆なんかしない。火山の爆は、煙突が火を噴くようなものなんだ。もちろん、この地球では、ぼくらはあんまり小さすぎて火山の煤いなんてできない。だから、地球の火山は、ぼくらにとって、こんなにもやっかいの種となってるんだ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_25.png

  それから王子さまは、ちょっと寂しい持ちになりながら、最後のバオバブの芽を引きぬいた。もう二度ともどってくることはないだろうと思っていた。ふだんやりなれていたこうした仕事は、この朝、しみじみと心にしみるようだった。そして花に最後の水をあげ、ガラスの覆いをかぶせる用意をすると、自分が泣きだしたい持ちでいることにがついた。

「さよなら」と、彼は花に言った。

花は、なにも答えなかった。

「さよなら」彼はくり返した。

花は咳いした。風邪をひいているからじゃない。

「わたし、ばかだったわ」とうとう花は口をきいた。「かったと思ってる。あなた、しあわせにならなきゃだめよ」

王子さまは、花が自分を責めないのでびっくりした。すっかり狼狽して、彼はガラスの覆いを手にしたまま、その場に立ちつくした。なぜ花がこんなふうにやかにやさしくしてくれるのか理解できなかったのだ。

「だって、わたし、あなたのこと愛してるわ」と花は彼に言った。「なにもわかっていなかったのね、わたしのせいで。もうどうでもいいけれど。でも、あなただって、わたしと同じくらいばかだわ。しあわせにならなきゃだめよ....。ガラスの覆いはそこにほっておいて。もういらないから」

「でも、夜風が……」

「わたしの風邪なんて、たいしたことないもの……。夜の涼しい風にあたれば、分も良くなるわ。わたし、花なんだもの」

「ても、虫とかとか……」

「毛虫の二、三匹くらい我慢しなくちゃ、蝶いたければ。きっと蝶は、とってもすてきでしょうね。それに、蝶のほか、いったい誰がわたしにいにてくれるっていうの?だって、あなたは遠くに行ってしまうんだもの。それから、ならだいじょうぶ。わたしにだってい爪があるわ」

花はそう言うと、無邪に四本のトゲを見せた。

「そんなにぐずぐずしてないでよ、いらいらするから。行くってもう決めたんでしょ。だったら早く行ってしまって!」

花は、泣いているところを見られたくなかった。ほんとうに位の高い花だったんだ。


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_26.png

 王子さまは、小惑星三二五、三二六、三二七、三ニ入、三二九、三三があるあたりに着いた。そこで、王子さまは、仕事を探したりなにかをんだりするために、それらの星を訪れることにした。

最初の星には、王が住んでいた。王は、緋色の衣と白てんの毛皮をまとい、飾りはないけれどじつに堂とした王座に陣取っていた。

王子さまの姿が目にはいると、王は、

「おお、臣下がたようじゃ!」

と、大をだした。王子さまは不思議に思った。

「なぜぼくのことわかったのかな。うのははじめてなのに!」

というものにとって、世界はとても純にできているということを王子さまは知らなかった。自分以外はすべて臣下なのである。

「近うよるがよい。余がそなたをもっとよく見ることができるように」と、王は言った。とうとう臣下がやってきて、王としてふるまえることが誇らしくてならなかった。

王子さまは、あたりを見まわしてすわるものをしたけれど、りっぱな毛皮のマントが星を占領してしまっていた。そこで王子さまはしかたなく立ったままでいた。そして、とても疲れていたのであくびをした。

「王の面前であくびをするとは、儀に反しておるぞ」と、この君主は王子さまに言った。「余は、そなたにあくびすることを禁ずる」

「がまんできなかったんです」と、王子さまはすっかりどぎまぎして答えた。「ぼく、長い旅をしてきて、眠っていなかったから……」

「よろしい、それでは」と、王は答えた。「余は、そなたにあくびするよう命ずる。

もう何年もひとがあくびするのを見ておらん。余には珍しい見せ物じゃ。ほら、もう一度あくびをせい。命令じゃ」

「そ、そんなこと言われても、どうしよう....。ぼく、もうできません....」と、王子さまはまっ赤になって答えた。

「ふうむ、ふうむ!」と、王は返事をした。「それでは、そなたに命じよう、ときにあくびをし、ときには……」

は、早口でなにかもごもごと言った。ちょっといらだっているようすだった。

というのも、王は、自分の威が尊重されなければがすまなかったのだ。不服は許せない。ぜったい服の帝王だ。でも王は、とてもひとがよかったので、できないような命令はださなかった。王は、口癖のようにこう言ったものだ—。

「もし余が、軍にむかって海鳥に身しろと命じて、軍がその命令にしたがわなかったとしたら、それは軍のせいじゃなかろう。余のあやまちじゃ」

「ばく、すわってもいいでしょうか」と、王子さまはおずおずとたずねてみた。

「余は、そなたにすわるよう命ずる」と、王は答え、白てんの毛皮のマントをおごそかに引きよせた。

でも王子さまはびっくりしていた。その星はとっても小さいのだ。いったいぜんたい、王はなにを支配しているのだろう?

「あの、殿下………」と、王子さまは聞いてみた。「ぶしつけな質問で失だとは思うんですけど····」

「余は、そなたが余に質問することを命ずる」と、王は急いで答えた。

「殿下、そのお....殿下はいったいなにを治めているんですか?」

「すべてじゃ」と、王はしごく簡に答えた。

「すべて?」と、王子さまは聞き返した。

は、控えめな身ぶりで、自分の星とそのほかの惑星、そして星すべてを指さした。

「それ、ぜんぶ?」と、王子さまは聞いた。

「そう、これぜんぶじゃ」と、王は答えた。

は、絶君主であるばかりでなく、この宇宙全体の帝王なのである。

「それじゃあ、星もみんな殿下の言うことにしたがうの?」

「もちろんである」と王は答えた。「星もただちにしたがうのじゃ。不服は許されん」

王子さまは、王力にすっかり感服してしまった。もし王子さまがそんな力を持っていたなら、一日のうち四十四回どころか、七十二回も、いや、百回も二百回もイスをずらしたりせずに夕日をながめられただろう!王子さまは、自分が立ち去ったあの小さな星のことを思いだし、少しばかり哀しくなってしまったので、思いきって王にお願いをしてみた。

「あの、ぼく、夕日が見たいんです。やってみていただけないかしら…。太陽に沈むよう命令してくれませんか ....」

「もし余が、軍にむかって、花から花へと蝶のように飛べと命じたら、あるいはもし、悲劇のお芝居を書けと命じたら、さらにあるいは、海鳥に身しろと命じたら、どうじゃ?軍がそれらの命令を行できなかったとしたら、いのは誰であろう?余であろうか軍であろうか?」

「殿下です」と、王子さまは固として答えた。

「そのとおりである。各人には、その者ができることを要求しなくてはならぬ」と、王は話をつづけた。「威とは、なによりもまず、道理にもとづいておる。もし人民に向かって、海に身投げしろと命じたら、革命が起こるであろう。余に命令する利があるのは、余の命令が道理にかなっているからなのじゃ」

「それじゃあ、ぼくの夕日は?」と王子さまは話をもどした。王子さまは、一度自分がした質問は、けっしてあきらめないのだ。

「そなたの日、それは、そなたに訪れるであろう。余は、太陽にそう命ずる。だが、余は待っておるのだ。余の統治の術にのっとり、しかるべき件が整うときを」

「いつごろになるかしら?」王子さまは王に質問した。

「ううむ、ううむ!」と、王は答えて、すぐに大きなを見た。「ふうむ、ふむ!そうじゃな、それは、今晩の場合、ええと、七時四十分ごろになるであろう!そなたは、そのとき、太陽がちゃんと余にしたがうのを見るであろう」

王子さまはあくびをした。すぐ夕日が見られないのが念だった。それから、少しばかり退屈しはじめていた。

「ぼく、もうここでなにもすることがないんです」と、王子さまは王に言った。

「もう行きますね!」

「出してはならぬ!」と、王は答えた。自分の臣下を持っていることが、とっても誇らしかったからだ。「行ってはならぬ。そなたを大臣にしてつかわそう!」

「大臣って、なんの?」

「ええっと....、ほ、法務大臣じゃ!」

「でも、裁きを受けるひとなんていないじゃないですか」

「わからんぞ」と、王は答えた。「余は、まだ自分の王をぐるっと見てまわっておらぬ。余は、ずいぶんとをとっておるし、ここには四輪馬車を置く場所もないからの。いてまわるのは難儀なのじゃ」

「え!でも、ぼく、もう見ちゃいましたよ」と、王子さまは言った。そして、身をのりだして、星の裏側をもう一度ちらっと見た。「やっぱり、あっちにも誰もいないし····」

「それでは、そなたは自分を裁けばよろしい」と、王は答えた。「それはまことに難しいことであるぞ。他人を裁くよりも、自分を裁くほうが何倍も難しいものじゃ。もしそなたが、うまく自分を裁けたら、そなたはの賢者といえるであろう」

「でも、ぼく、自分を裁くのはどこにいたってできると思う。ここにいる必要はないでしょ」

「ふうむ、ふうむ!」と、王は答えた。「この星のどこかに、年老いた大ネズミがおるはずじゃ。夜中にその足音を聞いたからの。そなたは、そのネズミを裁くことができよう。ときどき老ネズミに死刑宣告するがよろしい。さすれば、ネズミの命は、そなたの正義の裁きしだいとなろう。だが、死刑を宣告したら、そのたびに恩赦をあたえて、やりくりせねばならぬ。なにしろ、一匹しかおらぬのだから」

「ぼく、いやだなあ」と、王子さまは答えた。「死刑なんて宣告したくないや。それに、ぼく、もう行かなくちゃ」

「ならぬ」と、王は言った。

王子さまは、出の準備をすませていたけれど、この年老いた王を苦しめたくなかった。

「やんごとなき陛下、もし陛下の命令が、忠に守られることがお望みでしたら、道理にかなった命令を、ぼくにおあたえになったらよいでしょう。陛下は、たとえば一分以に出するようお命じになるんです。ぴったりの件だし……」

は、なにも答えなかった。王子さまは最初ちょっとためらったが、ため息をついて出しようとした。すると……。

「余は、そなたを余の大使に任ずる」と、王は大急ぎで叫んだのだった。

は、威ちてりっぱに見えた。

「おとなって、ほんとにへんだなあ」王子さまはそうつぶやきながら、旅をつづけた。

十一

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_27.png

 二番目の星には、うぬぼれ男が住んでいた。

「ほおら、ほら!わたしをめたたえる者がきた!」遠くに王子さまを見かけると、うぬぼれ男はそう叫んだ。

というのも、うぬぼれたひとにとって、他人はすべて自分をめたたえるものだからだ。

「こんにちは」と、王子さまは言った。「あなた、すごい帽子をかぶってますね」

「これは、挨拶のための帽子でしてな」と、うぬぼれ男は答えた。「みながわたしを拍手喝采するとき、それにこたえて挨拶するのに使うのです。ただ、念ながら、今まで誰もここを通りかからなくって」

「あのお、それで?」と、王子さまはたずねた。わけがわからなかったのだ。

「君の手を、右手と左手を、打ち合わせればよいのです」と、うぬぼれ男は忠告した。

王子さまは、右手と左手をパチパチと打ち合わせた。うぬぼれ男は、しずしずと帽子をあげて挨拶してみせた。

「わあ、王を訪問するよりか、おもしろいなあ」と、王子さまは思った。そして、右手と左手をまたパチパチと打ち合わせはじめた。うぬぼれ男は、ふたたび帽子をぬいで挨拶をした。

こうして五分すると、王子さまはこの調な遊びにあきてしまった。そこで、

「ねえ、その帽子を落とすには、どうしたらいいのかな」

と、たずねた。

しかし、うぬぼれ男はなにも聞いていなかった。うぬぼれたひとというものは、め言葉のほかはなにも耳にはいらないものなのだ。

「君は、ほんとうに心からわたしを嘆してるのですか?」と、男はたずねた。

「"さんたんする"って、どういう意味?」

「"嘆する"とは、わたしがこの星で一番ハンサムで、一番おしゃれで、一番お金持ちで一番頭がいいと認めることなのです」

「でも、この星にはあなたひとりしかいないじゃない!」

「それでもいいから、とにかく嘆していただきたいのです!」

嘆しますよ」と、王子さまは肩をすくめながら言った。「でも、いったい、それのどこがしいのかなあ?」

そして王子さまはこの星を立ち去った。

「おとなって、ぜったいへんだと思う」王子さまは、そうつぶやきながら、また旅をつづけた。

十二

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_28.png

 次の星には、酒みが住んでいた。星にいた時間はとても短かったけれど、ここを訪れたせいで、王子さまはひどく物哀しい思いに沈むことになった。

「なにしてるの?」と、王子さまは酒みにたずねた。酒みは、ずらっとならんだ空の酒ビンとたっぷり酒のはいったビンを前に、だまってすわっていた。

「酒をんでるのさ」と、酒みは陰鬱な調子で答えた。

「なんでお酒をむの?」と、王子さまはたずねた。

「わすれるためだよ」と、酒みは答えた。

「わすれるって、なにを?」と、王子さまはたずねた。王子さまはもうこの男がの毒に思えてきていた。

「恥ずかしいことをわすれるためさ」と、酒みは、うなだれてうち明けた。

「恥ずかしいって、なにが?」と王子さまはたずねた。王子さまは、この男を助けてあげたいと思いはじめていた。

「自分が酒みなのが恥ずかしくって、それをわすれるために酒をんでるんだ!」

男は、そう答え終わると、すっかりだまりこんでしまった。

こうして王子さまは、とほうに暮れながらこの星を立ち去った。

「おとなって、ほんとにほんとに、ぜったいへんだ」王子さまは、旅をつづけながら、そうつぶやいた。

十三


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_29.png

 四番目の星は、業家の星だった。業家は、あんまり忙しくて、王子さまが着いたとき、顔をあげるひまもなかった。

「こんにちは」と王子さまは挨拶した。「あの、たばこの火が消えてますよ」

「二たす三は五。五たす七は十二。十二たす三は十五。はい、こんにちは。十五たす七は二十二。二十二たす六は二十八。たばこに火をつけなおすヒマなどないもんでね。二十六たす五は三十一。おお!すると、五億百六十二万二千七百三十一ということになる」

「五億のなんなの?」

「おや、君、まだそこにいたのかね?そりゃ、五億の……。あれ、わからなくなってしまった。とにかく、それほど仕事がたくさんあるのだ。わたしはまじめなことをしているのだ。君とくだらない話をして遊んでるひまなんてない!二たす五は七....」

「それで、五億のなんなんですか?」と、王子さまはくり返した。いったん質問をしたら、けっしてあきらめないのである。

業家は顔をあげた。

「わたしはこの星に住んで五十四年になるが、仕事をじゃまされたことは三回しかない。一度目は、二十二年前。どこからか落ちてきたコガネ虫がブンブンとてつもない音をたてて、わたしは計算を四つもまちがえてしまった。二回目は、十一年前。リュマチにまされたとき。運動不足なんだ。ふらふらいているひまなどないからな。このわたしは、まじめな仕事をしているのだ。それから三回目、それは君だ!えと、いくつだったかな、五億と……」

「で、五億のなんなの?」

業家は、自分がそっとしておいてもらえないことを理解した。

「ときどき空に見える、何億もの小さいもの」

「ハエ?」

「ちがう。小さくて光るもの」

「みつばち?」

「ちがう。金色の小さいもので、それを見ると怠け者がうっとりと空想にふけってしまうもの。しかし、わたしはまじめだ。ぼおっとしているひまなどない!」

「あ、わかった! 星?」

「そうだった。星」

「それで、あなたは、五億の星でなにをしているの?」

「五億百六十二万二千七百三十一の星。わたしはまじめだ。正確にかぞえている」

「だから、その星でどうするの?」

「わたしがなにをするかって?」

「うん」

「なにも。わたしはそれらの星を所有している」

「その星は、みんなあなたのものなの?」

「そうだ」

「でも、ぼく、ある星に王がいるのを見たよ。その王は……」

「王というのは、なにも所有していないのだ。王は"君臨"しているんだから。それはずいぶんちがうことなのだ」

「で、星を所有すると、なんになるの?」

「金持ちになれる」

「じゃあ、金持ちっていうのは、なんの役に立つの?」

「他の星を買うのに役立つ。新しい星が見つかれば」

「このひとの理屈は」と、王子さまは考えた。「前の星にいたっぱらいの言い分とちょっと似ているなあ」

しかし、王子さまはまだ質問をつづけた。

「星って、どうやって所有するの?」

「あらゆる星は誰のものだと思う?」と、業家は、むずかしげな顔で、逆に王子さまに質問をはじめた。

「わかんない。誰のものでもない」

「それでは、わたしのものだ。なぜなら、わたしが一番最初にそれらを所有することを思いついたからだ」

「思いつくだけでいいの?」

「むろんだとも。もし君が、誰のものでもないダイヤモンドを見したら、そのダイヤは君のものだ。誰のものでもない島を見したら、それは君のものだ。なにかアイデアを最初に見したら、君はその特許をとれる。つまり、そのアイデアは君のものなのだ。したがって、わたしは星ぜんぶの所有者なのである。わたし以前には、誰も星全体を所有しようと思いつかなかったのだから」

「いやあ、ほんとだなあ」と王子さまは言った。「それで、この星ぜんぶで、なにをするの?」

「管理する。星のをかぞえ、さらにまたかぞえて」と、業家は言った。「むずかしい仕事だ。しかし、わたしはまじめな人間なのだ!」

王子さまは、まだなっとくしていなかった。

「あのね、ぼくがマフラを持ってると、そのマフラを首にいて、持っていけるでしょ。それから、花が自分のものだったら、その花を摘んで、持っていけるでしょ。でも、星は手に取れないじゃない!」

「できないとも。しかし、銀行にあずけることはできる」

「え、どういうこと?」

「つまりだな、星のを小さな紙に書き、そしてそれを引き出しにしまって鍵をかけるってことだ」

「それだけ?」

「それでじゅうぶん」

「それは愉快だなあ」と、王子さまは考えた。「それって、まるで詩みたいだ。でも、あまりまじめなことでもないなあ」

王子さまは、まじめということにして、おとなたちとはずいぶんとちがう考え方をしていた。

「あのね」と、王子さまは話をつづけた。「ぼく、花をひとつ持っていて、日水をやるんだ。それから火山を三つ持っていて、週煤いをするんだ。火が消えている火山も煤いしてやるよ。どうなるかわからないからね。つまり、ぼくが持っていることは、火山のためになっているんだ。花のためになってるんだ。でも、あなたの持ち物になったって、星にいいことなんて、なにもないじゃない…」

業家は口を開いたけれど、いうべき言葉は見つからなかった。そして王子さまは、その星を立ち去った。

「おとなって、ほんとに、どうしようもなく、へんなんだ」王子さまは心のなかでそうつぶやきながら、また旅をつづけた。

十四

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_30.png

 五番目の星は、とても奇妙だった。今までのどんな星より小さかった。そこには街灯が一本と、その街灯に灯をともすひとがひとりいて、それだけで星はいっぱいになってしまっていた。宇宙のどこか、家も住人もいない星で、街灯や点灯人がいったいなんになるのか、王子さまにはわからなかった。でも、王子さまはこう考えた。

「たぶん、このひと、どうかしてるんだ。でも、王やうぬぼれ屋や業家やっぱらいほどへんじゃない。少なくとも、この仕事には意味があるもの。街灯に灯をともすと、まるで新しく星を生みだしているみたいだ。花をひとつかせているみたいだ。街灯を消すときには、その星や花を眠らせるんだ。それって、なかなか美しい仕事だな。この仕事はほんとうに有益だ、だって、美しいんだから」

星に到着すると、王子さまは点灯人にていねいに挨拶した。

「こんにちは。なぜあなたは、今、街灯の灯を消したんですか?」

「そういう指示でな。ほら、おはよう」

「指示って?」

「街灯の灯を消すことさ。 ほら、こんばんは」

そう言うと、点灯人は今度は街灯の灯をともした。

「でも、なんでまた灯をともしたの?」

「そういう指示なのさ」と、点灯人は答えた。

「わからないなあ」と、王子さまは言った。

「わかるもわからないも」と、点灯人は言った。「指示は指示なのさ。ほら、おはよう」

そう言って、点灯人はまた街灯の灯を消した。

そして点灯人は、赤いチェックのハンカチでひたいをぬぐった。

「わしは、ここでとんでもない仕事をしておるよ。昔はまともだったんだが。朝になると灯を消し、晩に灯をともす。りの時間は休んで、夜のりの時間には眠る」

「じゃあ、そのころから、規則がわってしまったの?」

「指示はわっておらん」と点灯人は答えた。「そう、それが大問題なんだ!この星は、る年る年、どんどん早く回するようになっておるのに、指示はわらんのだ!」

「それで?」

「それで、いまや星は一分間に一回回するから、わしは一秒たりとも休む時間がない。一分ごとに、灯をともしたり消したりせねばならん!」

「妙だなあ! あなたの星、一日が一分しかないなんて!」

ぜんぜん妙じゃないわい。わしらはもう一か月も話しこんでおるよ」

「一か月?」

「そうとも。三十分。つまり三十日!ほら、こんばんは」

こう言うと、点灯人はまた街灯に灯をともした。

王子さまは、点灯人を見た。指示にこんなにも忠なこの点灯人が、好きになっていた。王子さまは、かつて自分の星で、イスをずらしながら夕日を何回も見ようとしたことを思いだした。王子さまは、この友人を助けてやりたいと思った。

「あのね……、ぼく、あなたがいつか休みたくなったときに休める方法を知ってるよ」

「わしは、いつだって一休みしたいさ」と、点灯人は言った。

であっても、怠けたいと思うことはあるものだ。

王子さまは、つづけてこう言った。

「あのね、あなたの星、すっごく小さいでしょ。大股で三あるけば一周できるくらいだよね。だから、太陽がいつも頭の上にあるように、ゆっくりゆっくりけばいいんだ。灯をつけたり消したりするのに疲れたら、けばいいんだよ。そうすれば、好きなだけずっとがつづくでしょ」

「そりゃ、わしには、あまり足しにならんなあ」と、点灯人は言った。「わしがしたいのは、眠ることなんだ」

「うん、それじゃ、うまくいかないなあ」と、王子さまは言った。

「そうなんだ、うまくいかん」と、点灯人も言った。「ほら、おはよう」

そう言うと、彼はまた街灯の灯を消した。

王子さまは、ふたたび旅をつづけながら、こう考えた。「あのひとは、ほかのひとたちみんなからばかにされるだろうな。王からも、うぬぼれ屋からも、酒みからも業家からも。でも、あのひとは、ぼくがへんじゃないと思ったただひとりのひとだ。それはたぶん、あのひとが、自分以外のことを一生懸命考えているからだと思う」

王子さまは後悔のため息をつき、こうつぶやいた。

「あのひとは、友だちになれたかもしれないただひとりのひとなんだ。でも、あのひとの星はあんまり小さすぎる。ふたりいる場所なんてないんだもの…」

さてしかし、王子さまは白していないけれど、王子さまがこの星を名惜しく思うのには、ほかの理由もあった。この星では、二十四時間のあいだに千四百四十回も夕日が見られるっていう理由だ!

十五


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_31.png

 六番目の星は、前の星より十倍も大きかった。とほうもなく大きな書物を書いている上品な老人がそこに住んでいた。

「おやおや、探家かね!」 王子さまを見ると、老紳士はそう叫んだ。

小さな王子さまは、机の上にすわり、ちょっと息を切らせた。もうずいぶんと旅をしてきたのだ!

「どこからたのかね?」と、老紳士はたずねた。

「このおっきい本はなんなの?あなたは、なにをしているの?」と、王子さまは言った。

「わたしは地理者じゃ」と、老紳士は言った。

「地理者って?」

「海や大河や町や山や砂漠が、どこにあるか知っている者のことじゃ」

「わあ、それ、とってもおもしろそうだなあ」と、王子さまは言った。「それこそ、ほんとうの仕事だよ!」

彼は、地理者の星をぐるっと見わたした。こんなに堂としてりっぱな星は今まで見たこともない。

「あなたの星、ほんとにすごいですねえ。大きな海はあるの?」

「さあ、わたしにはわからん」

「え!(と、王子さまはがっかりした)。じゃあ、山は?」

「さあ、それもわたしにはわからん」

「それじゃあ、町や大河や砂漠は?」

「さてさて、それもわからん」

「でも、あなた、地理者なんでしょ?」

「そのとおり」と、地理者は言った。「しかし、わたしは探家ではない。わたしのところには、探家がおらんのだ。町や大河や山や海や大洋や砂漠のをかぞえに行くのは、地理者の仕事ではない。地理者は、あまりに重大な仕事についておるがゆえに、ほっつきくわけにはいかんのじゃ。机の前からはなれてはならん。そのかわり、地理者は、自分の書に探家たちを迎える。そして探家に質問をし、その者たちの言うことを記する。そして、ある探家の話がおもしろいと思ったら、その者がきちんとした人物かどうか調査を行わせるのじゃ」

「なんで?」

「探家がウソをついていたりすれば、地理の本はだいなしになってしまうじゃろうが。探家が大酒みの場合も」

「なんで?」

「なぜなら、っぱらいには、ものが二重に見えるからじゃ。すると、ほんとうは山がひとつしかない場所に、地理者は山をふたつ記してしまうことになる」

「それなら、ぼく」と王子さまは言った。「探家失格になりそうなひと、知ってるよ」

「そうじゃろう。そこで、探家がちゃんとした人物であれば、今度はその見について調査をする」

「見に行くの?」

「いやいや。もっと、とても複な話でな。見に行くのではなく、探家に、しかるべき証を持ってくるよう求める。たとえば大きな山を見したのであれば、大きな石をそこから持ってくるよう要求するのじゃ」

地理者は、そこでハッと話をとめた。

「しかし、君、君は遠くからやってきたのではないか!そうだ、君は探家なんじゃ!君の星のことを、わたしにえてくれんか!」

そして地理者は、記帳を開き、鉛筆をこりこり削った。探家の話は、まず最初は鉛筆で記する。インクを使って書くのは、探家が証を持ってったあとの話だ。

「さあ、それで?」と、地理者は質問をはじめた。

「え!ぼくのとこ、そんなにおもしろくないよ」と、王子さまは言った。「すごくちっちゃいんだ。火山は三つ。ふたつは活火山で、りのひとつは火が消えている。

でも、この先どうなるかはわからないよね」

「そう、わからないものじゃな」と、地理者は答えた。

「それから、花もひとつあるんだ」

「花など、記しない」と、地理者は言った。

「なんでさ! 星で一番きれいなものだよ!」

「なぜなら、花とは、つかのまのものだからだ」

「"つかのま"って、どういう意味?」

「地理の本というのは」と、地理者は言った。「あらゆる書物のなかでもっとも謹なものじゃ。それは、けっして時代れにはならない。山が場所をえることなど、まあまずめったにないからの。また、海の水が干上がることなど、まあまずめったにないからの。つまり我は、いつまでもわらぬものについて書くんじゃ」

「でも、火山は、消えてたのに、また噴火しはじめることがあるでしょ」と、王子さまは地理者の言葉をさえぎった。「それで、"つかのま"って、どういう意味なの?」

「火山が休眠しても活動しはじめても、我にとっては同じことなんじゃ」と、地理者が言った。「我にだいじなのは、それが山だということだ。山はわることがない」

「ねえ、でも、"つかのま"って、どういう意味なの?」と、王子さまはくり返した。一度質問したことはけっしてあきらめないのである。

「それは、"近いうちに消え去ってしまう危機が迫っている"という意味でな」

「じゃあ、ぼくの花には、近いうちに消え去ってしまう危機が迫っているの?」

「もちろん」

「ぼくの花はつかのまなんだ」と。王子さまは心のなかでつぶやいた。「それに、あの花は、世界から自分を守るのに、四本のトゲしか持っていないんだ!それなのにぼくは、その花を置き去りにして、ひとりぼっちにしてしまったんだ!」

王子さまは、このとき初めて、後悔の念にとらわれた。しかし、持ちを奮いたたせ、こうたずねた。

「ぼくは、これからどの星へ向かったらいいと思いますか?」

「地球じゃね」と、地理者は答えた。「なかなかの評判であるから....」

こうして王子さまは、また旅に出た。自分の花に思いをはせながら。

十六


 そういうわけで、王子さまは、七番目に地球を訪れることになった。

地球は、そんじょそこらの惑星とはわけがちがう!そこには、百十一人の王(もちろん、人の王もわすれずにいれて)、七千人の地理、九十万人の業家、七百五十万人のっぱらい、三億千百万人のうぬぼれ屋、つまり、およそ二十億ものおとなが住んでいる。

地球がどのくらい大きいか、みなさんにわかってもらうため、ぼくはこう明したいと思う。電明される前には、六つの大陸ぜんぶあわせると、四十六万二千五百十一人の点灯人の大軍が、街灯に灯をともすのに必要だったんだ。

少し遠くから見ると、それはすばらしい眺めだった。この大軍の動きは、まるでオペラのバレエのように規則正しいリズムにのっていた。まず最初に、ニュランドとオストラリアの点灯人たちの舞いがはじまる。そして彼らは、自分たちのランプに灯をともし終わると、眠りにつく。すると今度は、中とシベリアの点灯人が舞う番だ。そして彼らもまた、舞台裏へと巧みに姿を消していく。そうすると今度は、ロシアとインドの点灯人の番。それから、アフリカとヨロッパの番。次は南アメリカ、その次は北アメリカの番。彼らは、舞台に出る順番をけっしてまちがえたりしない。じつに荘厳なものだ。

ただ、北極にただひとつある街灯の点灯人と、その同僚である南極にただひとつある街灯の点灯人だけが、のらくらとヒマな日を送っていた。彼らは、一年に二回だけけばよかったからだ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_32.png


十七


  のきいたことを言おうとすると、少しばかりがまざってしまうことがよくある。じつはぼくも、街灯の点灯人のことをみんなに話したとき、すごく正確だったとは言えない。ぼくらの惑星のことを知らないひとには、まちがったイメジをあたえてしまったかもしれない。人間は、この地球上で、ごく限られた場所にしか住んでいないんだ。もし、地球に住んでいる二十億の人間が、なにかの集のときのように、少ぎゅうぎゅう詰めで立ってならんだなら、縦横二十マイルの場にやすやすとおさまってしまうだろう。太平洋の一番小さな島にだって、人類をつめこめるかもしれない。

もちろん、おとなたちは、君がそう言っても信じないだろう。なにしろ、おとなは自分が大きな場所を占めていると思っているからだ。自分がバオバブみたいにたいしたもんだと思っているからだ。だから、君たちはおとなたちに、だったら計算してみれば、と言うといい。おとなは字が大好きだから、その提案はさぞにいるだろう。でも君たちは、そんなうんざりする仕事につきあって時間をつぶすことはない。そんなことはなんの役にも立たないんだ。ぼくの言うことを信じてくれたまえ。

そんなわけで、王子さまは、地球には到着したものの、そこに誰の姿も見えないことに驚いていた。そして、自分が星をまちがえたのではないかと不安に思いはじめたとき、砂の上で、月の色をした輪が動いた。

「こんばんは」と、王子さまはいちおう言ってみた。

「こんばんは」と、蛇は言った。

「ぼく、なんていう星に落ちてきたのかな」と、王子さまはたずねた。

「地球だよ。地球のアフリカ」と、蛇は答えた。

「え!じゃあ、地球には、誰も住んでいないの?」

「ここは砂漠なんだ。砂漠には誰も住んでいない。地球は大きい」と、蛇は答えた。

王子さまは、石の上にすわり、空に目を向けた。

「ぼく思うんだけど」と、王子さまは言った。「星たちは、いつかみんなが自分の星をまた見つけることができるように、あんなに輝いているのかな。ほら、ぼくの星を見てよ。ちょうどぼくらの上にあるよ……。でも、なんて遠いんだろう!」

「おまえの星は、美しいね」と、蛇は言った。「ここには、なにをしにた?」

「ぼく、花とうまくいかなかったんだ」と、王子さまは答えた。

「ああ、そうか」と、蛇は言った。

そしてふたりともだまりこんだ。

「ねえ、人間はどこにいるのかな?」。王子さまがとうとう口を開いた。「砂漠にいると、ちょっとひとりぼっちの持ちになっちゃうなあ....」

「人間といても、やっぱりひとりぼっちさ」と、蛇は答えた。

王子さまは、長いあいだ蛇を見つめた。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_33.png

「君って、おかしな動物だなあ」と、王子さまはようやく言った。「指みたいに細くて……」

「でも、私は王の指よりもい」と、蛇は言った。

王子さまはほほえんだ。

「君は、そんなくないよ。…脚だって持ってないし。....旅もできないでしょ......」

「私は、大きな船よりもっと遠くにおまえを運べる」と、蛇は言った。

そして蛇は、王子さまのくるぶしのまわりにきついた。まるで金のブレスレットみたいだった。

「私がれた者は、土に返る。自分がそこから生まれた土に」と、蛇は話をつづけた。

「でも、おまえはらかだし、ほかの星からたんだね……」

王子さまはなにも答えなかった。

「おまえを見ていると、胸が痛くなる。ごつごつした岩でできたこの地球の上で、おまえはこんなにもか弱い。いつの日か、自分の星があんまりなつかしくなったら、私はおまえを手助けしてあげよう。私は……」

「ああ!すごくよくわかったよ」と、王子さまは言った。「でも、君はなぜいつも謎をかけるような話し方をするの?」

「私は、謎をすべて解く」と、蛇は答えた。

そしてふたりともだまりこんだ。

十八


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_34.png

 王子さまは、砂漠をどこまでもきつづけたが、出ったのは花一本だけだった。花びらが三枚しかない、ささやかな花だ。

「こんにちは」と、王子さまは挨拶した。

「こんにちは」と、花は答えた。

「人間たちがどこにいるか、ごぞんじかしら」と、王子さまはていねいにたずねた。

花は、かつて隊商のひとたちが通りすぎるのを見たことがあった。

「人間?いると思うわ。六人か七人。何年か前だけど、見かけたことがあるの。でも、どこにいったらえるかは知らない。風が人間を連れていくのよ。人間には根がないから。そのせいで人間は不自由な思いをしてるの」

「さようなら」と、王子さまは言った。

「さようなら」と、花も言った。

十九


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_35.png

 王子さまは、高い山の上に登ってみた。それまで王子さまが知っていた山といえば、自分のひざの高さしかない三つの火山だけだった。火の消えている火山は、こしかけに使っていた。だから、王子さまはこう思った。「こんなに高い山から見れば、星ぜんたいと人間ぜんぶが一目で見わたせるだろう…」

しかし、そこからは、ひどくとがった岩の群れが見えるばかりだった。

「こんにちは」と、王子さまはそれでも念のために言ってみた。

「こんにちは……こんにちは……こんにちは……」と、こだまが返ってくる。

「あなた、誰なの?」と、王子さまはたずねた。

「誰なの……誰なの……誰なの……」と、こだまは答える。

「ぼくの友だちになってよ、ぼく、ひとりぼっちなんだ」と、王子さま。

「ひとりぼっちなんだ……ひとりぼっちなんだ……ひとりぼっちなんだ…」と、こだまは答える。

「なんてへんてこな星だろう!」と、王子さまは考えた。「この星は、からからに乾いていて、とがってばっかりいて、どこもかしこも塩っぽいんだ。そして人間には、まるっきり想像力がないんだ。だって、ひとが言うことをくり返すだけなんだもの.....。ぼくんとこには花がいて、いつも自分から話しかけてくれたのに......」

二十


 しかし、砂漠や岩山や雪原をずいぶん長いあいだいたのち、王子さまはとうとう一本の道を見つけた。道というものはすべて、人間の場所につながっているものだ。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_36.png


「こんにちは」と、王子さまは言った。

それは、薔薇が花盛りの庭だった。

「こんにちは」と、薔薇たちが挨拶を返した。

王子さまは、薔薇たちを見つめた。それらはみな、王子さまの花に似ていた。

「君たち、いったい誰なの?」と、王子さまはすっかりめんくらってたずねた。

「わたしたち、薔薇よ」と、薔薇たちは答えた。

「え!」と、王子さまはをだした.....。

王子さまは、ひどくみじめな持ちになってしまった。王子さまの花は、世界に薔薇は自分ひとりだけと言っていた。でも、ここ、たったひとつのこの庭に、どれもそっくりな薔薇が五千もいているのだ!

「あの花がもしこの庭を見たら」と、王子さまは考えた。「きっとすっごく分をくするだろうなあ……。きっと、みっともない思いをしないために、ものすごく咳こんで、死んでしまいそうなふりをするだろうなあ。それでぼくは、看病するふりをしなくちゃならないだろう。だって、そうしなくちゃ、ぼくを後悔させようとして、本に死んでしまうかもしれないもの……」

王子さまは考えごとをつづけた。「ぼくは、ただひとつしかない花を持っているから自分はたいしたもんだと思ってたけど、でも、ごくふつうの薔薇をひとつ持っているだけなんだ。ほかに持ってるのは、自分のひざくらいの火山三つで、ひとつはたぶん永久に消えたままだ。それじゃあ、ぼくはりっぱな王子さまとは言えない……」

草むらにつっぷして、王子さまは泣いた。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_40.png


二十一


 キツネが現れたのは、そんなときだった。

「こんにちは」と、キツネは言った。

「こんにちは」と、王子さまはていねいに返事した。ふり返ったけれど、なんの姿も見えない。

「オイラ、ここにいるよ」と、がした。「リンゴの樹の下に……」

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_37.png

「君、誰なの?」と、王子さまはたずねた。「君、とってもきれいだね……」

「オイラは、キツネだよ」と、キツネは答えた。

「ねえ、ぼくと遊ぼうよ」と、王子さまは誘ってみた。「ぼく、すごく悲しいんだ」

「オイラはあんたと遊べないよ」と、キツネは答えた。「だって、オイラ、あんたになついてないもの」

「あ!ごめんなさい」と、王子さまは答えた。

しかし、少し考えたあと、王子さまはこう尋ねた。

「ねえ、"なつく"って、どういうこと?」

「あんた、このあたりのひとじゃないね」と、キツネは言った。「なにをしてるの?」

「ぼく、人間をしてるの」と王子さまは答えた。「ねえ、"なつく"って、どういう意味?」

「人間っていうのは」と、キツネは言った。

「銃を持っていて、狩りをするんだ。困ったやつらさ!それからめんどりも飼っている。それだけが人間のいいとこだね。あんたはニワトリをしてるの?」

「ううん」と、王子さまは答えた。「友だちをしてるんだよ。ねえ、"なつく"って、どういうこと?」

「それは、ずいぶんわすれられちゃっていることなんだ。"きずなをむすぶ"っていう意味だよ……」

「きずなをむすぶ?」

「そう」と、キツネは言った。「あんたは、まだオイラにとって、十万人もいる小さな男の子と似たりよったりのただの男の子なんだ。だから、オイラにはあんたが必要じゃない。あんただって、オイラのこと必要じゃないだろ。あんたにとってオイラは、十万匹もいるほかのキツネと同じなんだから。でも、もしオイラがあんたになついたら、オイラたちはおたがいに必要になる。あんたはオイラにとって、世界でただひとりの男の子になる。オイラは、あんたにとって、世界でただ一匹のキツネになる......」

「ぼく、わかりかけてきた」と、王子さまは言った。「ぼくんとこに、花がひとつあって……ぼくはその花になついていたと思う」

「きっとそうだよ」と、キツネは言った。「この地球上には、なんでもある」

「あ!地球の話じゃないんだ」と、王子さまは言った。

キツネは、とても不思議そうな顔をした。

「ほかの星のこと?」

「うん」

「その星には、狩人がいる?」

「ううん」

「そりゃ、良さそうだなあ!それで、ニワトリはいる?」

「ううん」

「完璧ってのは、ないもんだなあ」と、キツネはため息をついた。

しかし、キツネは、また考えはじめた。

「オイラの生活って、調なんだよ。オイラはニワトリを襲う。人間はオイラを狩る。ニワトリはぜんぶ同じに見えるし、人間もぜんぶそっくりだ。だから、オイラ、ちょっと退屈してるのさ。でも、もしオイラがあんたになついたら、オイラの生活は、陽がさしたみたいになるだろうな。オイラは、ほかのどんな足音ともちがうあんたの足音をおぼえるんだ。ほかの足音がしたら、オイラは地面の穴に逃げる。でもあんたの足音は、まるで音みたいに、オイラを穴から外に誘いだすんだ。それから、ねえ、ごらんよ!あっち、小畑があるだろ?オイラはパンを食べない。だから、小なんてオイラには用がないんだ。小畑を見ても、オイラはなんとも思わない。でも、それって哀しいだろ!けど、あんたは金色のをしてるね。だから、オイラがあんたになついたら、すごくすてきだろうな!金色に輝く小を見たら、あんたのことを思いだすようになるよ。そして小畑に吹く風の音が好きになるよ……」

キツネは口をつぐみ、そして長いあいだ王子さまを見つめて、こう言った。

「ねえ……、オイラがあんたになつくようにしてよ!」

「うん、ぼくもそうしたい」と、王子さまは答えた。「でも、ぼく、あまり時間がないんだ。友だちを見つけださなきゃならないし、たくさん知りたいことがあるから」

「なつかないうちは、なにも知ることができないんだよ」と、キツネは言った。「人間には、もうなにも知る時間がないんだ。人間は、お店に行ってすっかりできあがったものを買うだろ。でも、友だちをってる店なんかないから、人間にはもう友だちがいないのさ。友だちがほしいと思うなら、オイラがあんたになつくようにしてよ!」

「どうすればいいの?」と、王子さまはたずねた。

「すごく辛抱くしなくちゃいけないんだ」と、キツネは答えた。「まずあんたは、オイラからちょっとはなれたところにすわる。草むらに、こんなふうにね。オイラは、あんたのことを目でちらっと見たりするけど、あんたはなにも言っちゃだめだよ。

言葉って、誤解のもとだからさ。でも、それから、日少しずつ、すわる場所をオイラのほうに近づける……」http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_39.png

 翌日、王子さまはまたやってきた。

「いつも同じ時間にてくれるほうがいいな」と、キツネは言った。「たとえば、あんたが午後の四時にるって決まってるなら、三時になるとオイラはもううれしくなるよ。そして四時に近づくにつれて、どんどん幸福になる。四時になったら、もうそわそわして、不安になってしまう。つまりオイラは、幸福にどんな値打ちがあるか知るんだ!でも、もしあんたがるのが決まった時間じゃなかったら、オイラは何時に心の準備をしたらいいのかわからないだろ……。しきたりが必要なんだ」

「しきたりって?」と、王子さまはたずねた。

「これも、ずいぶんわすれられちゃっているものだな」と、キツネが言った。「それは、ある一日がほかとはちがう、ある時間がほかとはちがうっていうことなんだ。たとえば、オイラを狩る人間たちにもしきたりがある。木曜日には村の娘たちとダンスするんだ。だから、木曜日はすばらしい日なのさ!オイラは、ぶどう畑まで散に行く。でも、もし狩人たちが決まった日にダンスするんじゃなかったら、どの日も同じになって、オイラにも休みの日がなくなってしまうだろ」

こうして王子さまは、キツネが自分になつくようにした。そして出の日が近づくと......。

「ああ!」と、キツネが言った。「オイラ、泣いちゃうな」

「でも、君のせいだよ」と、王子さまは答えた。「ぼくは君にいことしようなんてちっとも思わなかったもの。君がぼくになつきたいって言ったから……」

「そうだよ」と、キツネは言った。

「でも、君、泣いちゃうんでしょ」と、王子さまは言った。

「そうだよ」と、キツネが答えた。

「じゃあ、なついたって、君にはなんにもならなかったじゃない!」

「そんなことないよ」と、キツネは言った。「金色の小畑があるもの」

そしてキツネは、こうつけくわえた。

「さあ、庭の薔薇をもう一度見に行ってごらん。あんたの薔薇が、あんたにとって世界でただひとつのものだってわかるから。そしたらもどってきて、オイラにさよならを言って。オイラはあんたに、秘密をひとつプレゼントするよ」


王子さまは、薔薇たちを見に行った。

「君たちは、ぼくの薔薇とはぜんぜん似てないよ。君たちはまだ、なにものでもないんだ」と、王子さまは薔薇たちに言った。「だって、君たちは誰にもなついていないし、誰も君たちになついていないんだから。以前のあのキツネと同じだ。前は、十万匹もいるほかのキツネと同じだったんだ。でも今は、ぼくらは友だちになった。ぼくのキツネは、ぼくにとって世界でただ一匹のキツネなんだ」

すると、薔薇たちはずいぶんきまりそうな顔をした。

「君たちは美しいよ。でも、からっぽなんだ」と、王子さまは話をつづけた。「誰も君たちのために命をかけたりしない。もちろん、ぼくのあの薔薇だって、通りがかりのひとから見れば、君たちと同じように見えるだろう。でもぼくには、たった一本のあの薔薇だけが、君たちぜんぶよりもたいせつなんだ。だって、ぼくが水をあげたのはあの薔薇なんだから。ガラスの覆いをかぶせてやったのは、あの薔薇なんだから。

風よけのついたてを置いてやったのは、あの薔薇なんだから。毛虫をとってやったのは(蝶になる分の二、三匹を除いてだけど)、あの薔薇だったんだから。ぼくは、あの薔薇が不平を言ったり、自慢話をしたり、ときにはだまりこんだりするのにじっとつきあったんだから。彼女がぼくの薔薇なんだから」


こうして王子さまはキツネのところにもどった。

「さようなら」と、王子さまは言った。

「さようなら」と、キツネも言った。「さあ、オイラの秘密をえよう。すごく純なことなんだ。それは、心でしかものはよく見えないってことだよ。いちばんたいせつなものは、目には見えないんだ」

「いちばん大切なものは、目には見えない」と、王子さまはキツネの言葉をくり返した。よくえておけるように。

「あんたの薔薇が、あんたにとってそんなにもたいせつなのは、あんたがその薔薇のためについやした時間のせいなんだ」

「ぼくがぼくの薔薇のためについやした時間......」と。王子さまは言った。よくえておけるように。

「人間たちは、この理をわすれてしまった」と、キツネは言った。「でも、あんたはわすれちゃいけない。あんたは、あんたになついたものにして、いつまでも責任があるんだ。あんたは、あんたの薔薇に責任があるんだ......」

「ぼくは、ぼくの薔薇に責任がある.....」王子さまはくり返した。けっしてわすれないように。

二十二


「こんにちは」と、王子さまは言った。

「こんにちは」と、道のポイント係は言った。

「ここでなにしてるの?」と、王子さまはたずねた。

「線路を切りかえているんだよ。客千人分まとめて、汽車が行く方向にね」と、ポイント係が答えた。「汽車を、右に送りだしたり左に送りだしたりするわけだ」

ライトの光る特急列車が、ごうごうと雷のような爆音をたてて、ポイント係のキャビンをらしていった。

「みんな、ものすごく急いでるんだね」と、王子さまは言った。「なにを探してるの?」

「機士だって、そんなこと知らないよ」と、ポイント係が答えた。

すると今度は逆の方向から、ライトの光る特急列車が爆音をたてて通り過ぎた。

「え、もうもどってきたの?」と、王子さまはたずねた。

「あれはね、同じひとたちじゃないんだ」と、ポイト係はえた。「逆方向からたひとたちだよ」

「そのひとたちみんな、自分のいるところがにいらなかったの?」

「みんな、自分のいるところにはけっしてまんぞくできないものなのさ」と、ポイント係は答えた。

ライトのついた三台目の特急列車が、また爆音をたてていった。

「あの人たちは、最初の列車の客を追いかけてるの?」と、王子さまはたずねた。

「なんにも追いかけていないよ」と、ポイント係は答えた。「みんな列車のなかで眠ってるか、あくびしてる。子どもたちだけが、窓ガラスに鼻をくっつけてるさ」

「子どもたちだけは、自分がなにを探してるか知ってるんだね」と、王子さまは言った。「子どもたちは、古い布切れでできた人形で遊ぶのに時間をつかう。そうすると、人形は自分にとってたいせつなものになる。だから、その人形が取り上げられると、子どもたちは泣くんだ……」

「子どもたちはしあわせだね」と、ポイント係は言った。

二十三


「こんにちは」と、王子さまは言った。

「はいはい、こんにちは」と、商人は答えた。

それは、のどのきをおさえる新発売の丸る商人だった。その丸を一週間にひとつぶむと、もう水をみたいと感じなくなるのだ。

「なんでそれをってるの?」と、王子さまは聞いた。

「これは、たいへんな時間の節約になるんですよ」と、商人は言った。「門家に計算してもらったんですが、一週間に五十三分も節約できるんですからね」

「それで、その五十三分でなにをするの?」

「なんでもお好きなことを……」

「ぼくなら」と、王子さまは心のなかでつぶやいた。「五十三分よぶんにあったら、泉までのんびりいていくなあ……」

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_41.png


二十四


 砂漠でぼくの飛行機が故障してから、一週間がたっていた。ぼくは、貯水の最後の一滴をみほしながら、この丸商人の話を聞いていた。

「ああ!」と、ぼくは王子さまに言った。「君の話、とってもいいよ。でも、飛行機の修理は終わらないし、もうむものがないんだ。もし泉に向かってのんびりいていけるなら、ぼくもしあわせだろうなあ!」

「それで、ぼくのキツネはね」と、王子さはぼくに言った。

「ねえ、君、もうキツネの話はおしまいだ」

「なんで?」

「なんでって、のどがいて死にそうだからだよ……」

王子さまは、ぼくの理屈がわからず、こう答えた。

「もし自分が死にかけてるとしても、友だちがいたっていうことは、いいことなんだ。友だちのキツネがいて、ぼく、ほんとに良かったと思ってる……」

「この子は、危がどんなものかわからないんだ」と、ぼくは思った。「お腹もすかないし、のどもかない。太陽の光がちょっとあれば、それでじゅうぶんなんだ……」

でも、王子さまはぼくを見つめ、ぼくの考えていることに答えるように、こう言った。

「ぼくも、のどがいちゃったな……。井を探しに行こうよ……」

ぼくは、うんざりしたしぐさをした。い砂漠のまんなかで、行きたりばったりに井を探すなんてばかげてる。しかし、それでもぼくらはきはじめた。

だまったまま何時間かいたころ、夜の帳が降り、星が輝きはじめた。きのせいで少し熱があったぼくは、まるで夢のなかで星を見ているようながした。王子さまの言葉が、記憶のなかで踊っていた。

「じゃあ、君ものどがくの?」と、ぼくは彼にたずねた。

王子さまはぼくの質問には答えず、ただこう言った。

「水って、心にもいいものなんだ.......」

ぼくは、この答えが理解できなかったけれど、口をつぐんだ。質問してもしかたないことをよく知っていたからだ。

彼は疲れていた。そして腰をおろした。ぼくは、彼のそばにすわった。しばらくだまったあと、彼は、また話しはじめた。

「目には見えない花がそこにあるから、星は美しいんだ……」

ぼくは、そうだね、と答えた。そして、月の光の下、砂にできた波紋を、なにも言わずながめた。

「砂漠は美しいよ」と、王子さまは言いたした……。

だった。ぼくはいつも砂漠を愛していた。砂丘にすわる。なにも見えない。なにも聞こえない。でも、寂のなか、なにかが輝いているのだ…。

「砂漠が美しいのは」と、王子さまが言った。「砂漠がどこかに井しているからだよ…」

ぼくは驚いた。砂漠のこの不可思議な輝きが、ふいに理解できたのだ。小さいころ、ぼくは古い屋敷に住んでいて、その家には物が埋もれているという言いえがあった。もちろん、誰もそんななんて見できなかったし、たぶん、探しもしなかったろう。でも、そのは、家ぜんたいを魔法にかけていた。ぼくの家は、その深くに秘密をしていたのだ……。

「そうなんだ」と、ぼくは王子さまに言った。「家でも星でも砂でも、それを美しくしているのは、目に見えないものなんだ!」

「うれしいな」と、王子さまは言った「あなたが、ぼくのキツネとおなじ考えで」

王子さまが眠りはじめたので、ぼくは彼を腕に抱きあげ、またきはじめた。ぼくは胸がいっぱいだった。れやすい物をかかえているように思われた。この地球上で、これ以上傷つきやすいものはなにもないようにさえ思われた。月の光の下、ぼくは、王子さまの白いひたいを、閉じた目を、風にふるえているの毛の房を見た。

そしてつぶやいた。「ぼくが今ここに見ているもの、それは外側のにすぎないんだ。

いちばんたいせつなものは、目には見えないんだ......」

すこし開いたままの王子さまのくちびるが、かすかに微笑みをたたえた。ぼくはまたつぶやいた。「眠っている王子さまが、ぼくの心をこんなにさぶるのは、王子さまが花に誠だからだ。薔薇の姿が、まるでランプの炎のように、王子さまのなかで輝いているんだ。眠っているときでさえも......」ぼくには、王子さまがなおさられやすいものに思われた。ランプはちゃんと守らなくてはならない。ちょっとの風が吹いても、火は消えてしまうだろうから......。

こんなふうにいたあと、夜明けごろ、ぼくは井見した。

二十五


 「人間って」と、王子さまは言った。「特急列車にぎゅうぎゅうとりこんでどこか行くけど、自分がなにを探しているかわからなくなっちゃっているんだよ。だから、うろうろしたり、ぐるぐるまわったりしてるんだ......」

そして、こうつけくわえた。

「そんなことしたって、しかたないのに......」

ぼくらが見つけた井は、サハラ砂漠にあるふつうの井ではなかった。サハラ砂漠の井は、砂漠に掘られたただの穴だ。ぼくらの井は、村にある井に似ていた。でも、そこには村なんかまるっきり見あたらないから、ぼくは夢でも見ているのかと思った。

「妙だねえ」と、ぼくは王子さまに言った。「ぜんぶそろってるよ。滑車も、桶も、桶につける綱も......」

王子さまはにっこりした。そして、綱を取り、滑車をまわした。

滑車は「久しぶりに風にたった古い風見がギィときしむような音をたてた。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_42.png

「聞こえたでしょ」と、王子さまは言った。

「ぼくらは、この井を目めさせたんだよ。ほら、井がうたってる......」

ぼくは、王子さまが無理に力をつかうのを見たくなかった。

「ぼくがやるよ」と、ぼくは言った。「君には重すぎるから」

ぼくは、水をいれた桶をゆっくりと引っぱり上げ、井のふち石にしっかりと置いた。耳にはまだ滑車の歌が響き、まだれている桶の水には、太陽がふるえて映って見えた。

「ぼく、この水がほしかったんだと、王子さまは言った。「水、ませてよ......」

そのときぼくは、王子さまがなにを探していたのか、やっとわかったんだ!

ぼくは、桶を王子さまの口もとに持ちあげた。王子さまは、目を閉じてその水をんだ。それは、まるでお祭りのようにすてきな水だった。たんにからだに必要なだけの養分なんかじゃなかった。それは、星空の下でいてきたことや、滑車の歌や、ぼくの腕の力から生まれ出たものだった。贈り物のように、心に甘いものだった。小さいころもらったクリスマスの贈り物から、クリスマスツリのきらきらした光や夜中のミサの音、笑いさざめくしさが、輝きだしていたように。

「あなたの星の人間は」と、王子さまは言った。「ひとつの庭に五千も薔薇をかせている......。それなのに、自分が探しているものを見つけられないんだ......」

「そうだね。見つけられない」と、ぼくは答えた。

「でも、そのひとたちが探しているものは、たった一輪の薔薇か、ほんのちょっとの水のなかに見つかるかもしれないのに......」

「ほんとだ」と、ぼくは答えた。

そして、王子さまはつけくわえた。

「目って、ものが見えないんだよ。心で探さなくちゃいけないんだ」

ぼくは、水をみ終えた。ほっと一息ついた。夜明けの砂漠は、蜜のような色をしている。ぼくも、その蜜の色を見て幸福だった。いったいぼくは、なにをあんなに苦しんでいたんだろう......。

「あなたは、自分の約束を守らなくちゃいけない」と、王子さまがそっと言った。彼は、またぼくのそばにすわっていた。

「どんな約束?」

「約束したでしょ......羊にはめる口輪だよ......。ぼく、あの花に責任があるんだ!」

ぼくは、ポケットからいろいろ描いたの下書きをだして見せた。王子さまはそれを見ると、笑いながらこう言った。

「このバオバブ、ちょっとキャベツみたい......」

「え!」

ぼくは、自分が描いたバオバブがけっこう自慢だったのに!

「それに、このキツネ......。耳が......ちょっと角みたいだなあ......。長すぎるんだよ!」

そう言って、王子さまはまた笑った。

「そりゃあ、不公平だよ、君。だって、ぼくは今まで、大蛇の外側と側のしか描いたことなかったんだから」

「まあ、だいじょうぶだよ」と、王子さまは言った。「子どもにはわかるから」

そこでぼくは、羊の口輪を描いた。そしてそれを王子さまにわたしたとき、ぼくは胸がしめつけられるように感じた。

「君は、まだぼくに話してない計があるね......」

しかし、王子さまはそれに答えず、こう言った。

「ねえ、ぼくが地球に落ちてきて、明日で一年になるんだ......」

それから、少しだまったあと、こう言った。

「ぼく、ここのすぐそばに落ちたんだよ......」

そう言うと、彼は顔を赤らめた。

すると再び、なぜかわからないけれど、ぼくはいわく言い難い悲しみにおそわれた。そしてそのいっぽう、ひとつの疑問がふっと頭にうかんできた。

「じゃあ、一週間前、ぼくが君に出った朝、人里から千マイルもはなれたこんな場所を君がひとりでいていたのは、偶然じゃなかったんだね?君は、自分が落ちてきた場所にもどろうとしていたんだね?」

小さな王子さまは、もっと顔を赤くした。

ぼくは、ためらいながら、こうつづけた。

「明日が一年目で、その日になにかあるの?」

王子さまは、また赤くなった。王子さまは質問に答えなかったけれど、顔を亦くするっていうことは、「そうです」と言っているのと同じではないだろうか?

「ああ!ぼくは、なんだか怖いよ......」

でも、王子さまはぼくにこう答えた。

「さあ、あなたはかないと。自分の機械のところにもどらなきゃだめだよ。ぼくは、ここであなたを待ってる。明日の夕方、もどってきてね......」

しかし、ぼくは不安だった。ぼくはキツネのことを思いだしていた。なつくと、泣いてしまうこともあるんだ......。

二十六


 井のかたわらには、崩れかけた古い石壁があった。翌日の夕方、作業からもどってみると、王子さまがその壁の上にすわり、足をぶらぶらさせているのが遠くから見えた。そして、彼の話しているが聞こえた。

「じゃあ、君はえてないの?、と、彼は言った。「場所はここじゃないでしょ!」

どうやら、もうひとつのが彼になにか答えたらしい。王子さまは、それに向かってこう言い返したから。

「もちろん、もちろんだよ!たしかに今日がその日だけど、でも場所は、ここじゃないよ……」

ぼくは、壁のほうに急いだ。誰の姿も見えないし、も聞こえない。しかし王子さまは、またこう言い返した。

「......そうだね。君は、砂の上の足跡がどこからはじまっているかわかるでしょ。その場所でぼくを待っていてくれればいいんだ。ぼくは今夜、そこにいるよ」

ぼくは、壁から二十メトルのところにいた。しかし、やはりなにも見えなかった。

王子さまは、少しだまったあと、また言った。

「君の毒は、いい毒なの?ほんとうに、ぼくを長いあいだ苦しめない?」

ぼくは、はっと足を止めた。胸がしめつけられたけれど、やはりわけがわからなかった。

「それじゃ、もうあっちに行ってよ」と、王子さまは言った。「ぼく降りたいんだ!」

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_43.png

 そのときだった。ぼくもまた壁の下のほうに目を向け、そして跳び上がった!蛇がそこにいたのだ。咬まれたひとはたったの三十秒で死んでしまう猛毒を持った色い蛇が一匹、王子さまのほうに鎌首をもたげている。拳銃を取りだそうとポケットを探りながら、ぼくはけだした。しかしその足音で、蛇は、噴水の水がやむように、すっと頭を下げてゆっくり砂の上をくねっていった。そして、さほど急ぐこともなく、かすかに金のような音をたてながら、石のあいだにもぐって消えていった。

ぼくはようやく壁にたどりつき、降りてくる王子さまを抱きとめた。ぼくのたいせつな王子さまは、雪のように蒼白な顔をしていた。

「いったい、これはどういうことなの!君は今、蛇と話をしてたね!」

ぼくは、王子さまがいつも首にいているマフラをほどいた。こめかみを湿らせ、水をませた。そしてそのあとはもう、なにも問いただせなかった。王子さまはぼくを真剣な顔で見つめ、ぼくの首に腕で抱きついた。王子さまの胸の動悸がわってきた。それは、カビン銃でたれて死んでいく鳥の心の音のようだった。彼はぼくに言った。

「あなたの機械にたりなかったものが見つかって、ぼく、うれしいよ。これで、自分のところにれるね」

「それ、どうして知ってるの!」

ぼくは、ダメだと思っていた修理がうまくいったことを話そうと思いながらもどってたのだ!

王子さまは、この質問には答えず、こう言った。

「ぼくもね、今日、ぼくんとこにるんだよ……」

それから、哀しそうに……。

「ぼくんとこ、もっとずっと遠いんだ……。もっとずっと難しいんだ……」

なにかとんでもないことが起ころうとしていることを、ぼくはひしひしと感じていた。ぼくは王子さまを、幼い子どものように抱きしめた。けれど、いくら抱きしめても、王子さまはまっ暗な闇の底にすべり落ちていくみたいだった。ぼくには、なすすべもないまま......。

王子さまは、真剣なまなざしで、どこかはるか遠くをながめていた。

「ぼく、あなたの羊を持ってるよね。羊の小屋も。それに、口輪も……」

そして、哀しげにほほえんだ。

ぼくは長いこと待った。王子さまのからだが少しずつあたたまるのがわかった。

「怖かったんだね……」

そう、もちろん、怖かったのだ!しかし、彼はそっと笑った。

「今夜は、もっと怖い思いをすると思う……」

ぼくはふたたび、取り返しのつかない思いに凍りついた。王子さまが笑うを二度と聞けないなんて、考えるだけでも自分にはたえられないことにづいた。その笑いは、ぼくにとって、砂漠のなかの泉なのだ。

「ねえ、ぼくのたいせつな君。君が笑うのをまた聞きたいよ……」

しかし、彼は言った。

「今夜、一年になるんだ。ぼくの星は、去年ぼくが落ちてきた場所のちょうど上にる………」

「ねえ、ぼくのたいせつな君。これって、い夢じゃないかい。蛇も、う約束も、星のことも……」

王子さまはぼくの質問には答えなかった。そしてこう言った。

「だいじなもの、それは目に見えないんだ……」

「そうだね……」

「あの花も同じなんだ。もしあなたが、ひとつの星にく花を愛していたら、夜、空をながめるのはしいよ。すべての星に花がいているんだ」

「そうだね……」

「あの水も同じなんだ。あなたがぼくにませてくれた水は、滑車や綱がうたって、音みたいだった。……ねえ、えてるでしょ、あの水は、すてきだったね」

「そうだね……」

「夜、あなたは星空をながめてね。ぼくの星、あんまり小さくて、どこにあるか指さしてえられないけど。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星は、あなたにとって、無の星のひとつになる。そしたら、あなたは、どの星をながめるのも好きになるでしょ……。すべての星が、あなたの友だちになるんだ。そしたらぼくは、あなたに贈り物をあげられるよ……」

彼はまた笑った。

「ああ!君、ぼくのたいせつな、たいせつな君、ぼくはその笑いが好きなんだ!」

「それがぼくの贈り物なんだよ。……あなたがあの水をませてくれたみたいに」

「どういうことなの?」

「だれの上にも星空はあるけど、みんな同じ目で星を見てるわけじゃないんだ。旅するひとにとって、星は道案だよ。星はただのちっぽけな光だって思ってるひともいるでしょ。星のことたくさん調べてる者もいる。それから、ぼくがった業家にとって、星は財産だった。でも、そういう星はぜんぶ、ただだまって光っているだけなんだ。だからあなたは、誰も持ったことのない星を持つことになるよ......」

「どういうことなの?」

「あなたは、夜、星空を見るよね。そしたら、その星のどれかひとつにぼくが住んでいて、その星のどれかひとつの上でぼくが笑っているから、それは、あなたにとって、星ぜんぶが笑っているのと同じなんだ。だからあなたは、笑いを響かせる星空を持つことになるんだよ!」

そして王子さまはまた笑った。

「そして、あなたの悲しみがやわらいだら(だって、悲しみはいつもやわらぐものだから)、あなたはぼくと知り合ってよかったと思うよ。あなたは、いつまでもぼくの友だちなんだ。あなたは、ぼくといっしょに笑いたくなるよ。そしてあなたは、ほら、ときどき窓を開けて、しい持ちになるんだ……。きっとあなたの友人たちは、あなたが星空を見つめて笑うのを見たら、びっくりするだろうね。あなたはそのひとたちにこう言うんだ。『そうなんだよ、ぼくは星空を見ると、いつも笑いだしたくなるんだ!』みんな、あなたのこと頭のへんなやつだって思うだろうな。ぼく、あなたに、たちのいいたずらをしちゃったことになる……」

こう言って、王子さまはまた笑った。

「ぼくは、星の代わりに、きらきらと笑うたくさんの小さな鈴を、あなたにあげたようなものなんだ……」

王子さまはまた笑いをたて、それから真剣な顔にもどった。

「今夜は……ねえ……ないでね」

「ぼくは、ずっと君のそばにいる」

「ぼくは、具合がいように

見えると思う……。死んでしまうように見えると思う。だからさ、ねえ、そんなの見にないでよ。そんなことしたって……」

「ぼくは、ずっと君のそばにいる」

しかし、王子さまはやはり心配げだった。

てほしくないのはね……、蛇のこともあるんだよ。蛇があなたを咬むといけないから……。蛇って、意地なんだ。なぐさみに咬んでしまうこともあるんだ……」

「ぼくは、ずっと君のそばにいる」

しかし、王子さまはなにか思いついて安心したようだった。

「そうだ、蛇ってたしか、二回目に咬むときには、もう毒がないんだよね……」


その夜、ぼくは王子さまが出ていくのを見なかった。王子さまは音もなくその場をぬけだしていったのだ。ぼくがようやくのことで追いついたとき、王子さまはきっぱりとした早足でいていた。彼は、ぼくにただこう言った。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_44.png


「あ!たの……」

王子さまは、ぼくの手をとった。でも、まだ心配そうなようすだった。

「あなたはちゃいけなかったんだ。つらい思いをするよ。ぼくは死んでしまったように見えるだろうから。それはほんとじゃないんだけど……」

ぼくは、ただだまっていた。

「ねえ、わかってるでしょ。ぼくんとこ、すごく遠いんだ。ぼく、このからだを持っていけないんだ。重すぎるもの」

ぼくは、ただだまっていた。

「でも、それって、古くなったがはがれるようなものなんだよ。ぬけ落ちた古いなら、悲しくないでしょ……」

ぼくは、ただだまっていた。

彼は、少しを落とした。しかし、なんとか力をふりしぼり、こう言った。

「ねえ、すてきなことだと思うんだよ。ぼくもやっぱり星空を見るよ。星はぜんぶ、さびた滑車のついた井になる。すべての星が、ぼくに水を注いでくれるよ……」

ぼくは、ただだまっていた。

「すっごく愉快だと思うな!あなたは、五億の鈴を持つし、ぼくは、五億の井を持つんだ……」

こう言うと、彼もまた口をつぐんだ。泣いていたからだ。


「ここだよ。最後はぼくひとりで行かせてね」

そして王子さまは腰をおろした。怖かったからだ。彼はまたぼくに言った。http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_45.png

「あのね……、ぼく、ぼくの花に……責任があるんだよ!それにあの花は、とってもか弱いんだ!とっても無邪なんだ。あの花は、自分を世界から守るのに、四本のトゲのほか、なにも持っていないんだ……」

ぼくは腰をおろした。もう、とても立っていられなかったからだ。王子さまは言った。

「ね……、そういうことなんだ……」

王子さまはまだ少しだけためらい、そして立ち上がった。足を踏みだした。ぼくは、身動きもできないでいた。

王子さまのくるぶしのそばに、色く光るものが見えただけだった。王子さまは、少しのあいだ、そのままじっと立っていた。叫びもたてなかった。そしてゆっくりと、樹が倒れ落ちるように、倒れた。砂のせいで、倒れる音さえしなかった。

http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_46.png


二十七


  あれからもう六年が過ぎた。ぼくは、今まで誰にもこの話をしなかった。あのとき、ぼくと再した仲間たちは、ぼくが生還できたことをとても喜んでくれた。ぼくは悲しんでいたけれど、彼らにこう言っただけだった。「疲れたよ......」

今では、ぼくは少しだけ慰められている。つまり......、すっかり元というわけではないということだけど。でも、ぼくは、王子さまが自分の星にったことはよくわかっている。なぜって、日が昇ると、彼のからだはもうどこにもなかったからだ。そんなに重いからだじゃなかったんだ......。それに、ぼくは、星空の音をくのが好きだ。それは五億の鈴の音なんだ。

けれども、ぼくはとんでもないこともしてしまった。王子さまに描いてあげた羊の口輪、あの口輪に、革ひもを描きくわえるのをわすれてしまったんだ!結ぶひもがなければ、王子さまは、羊に口輪をはめられないだろう。だから、ぼくはをもんでいるんだ。「王子さまの星は、どうなっただろう。たぶん、羊は花を食べてしまっただろう......」

あるときは、こう思う。「いや、ぜったいそんなことはない!王子さまは、晩、花をガラスの覆いにいれてあげるし、羊もちゃんと見張っているんだ......」こう思うと、ぼくは幸福になる。すべての星がやさしく笑いさざめく。

でも、こう思うこともある。「いや、誰だって一度や二度ついうっかりしてしまうこともある。それだけで命取りなんだ!ある晩、王子さまは、ガラスの覆いをわすれてしまったかもしれない。あるいは、羊が夜のあいだ音もたてずに出ていってしまったかもしれない......」そんなふうに思うと、星の鈴の音は、すべて泣きわってしまう......!


それは、ほんとに不思議なことなんだ。王子さまを愛している君たちにとって、そしてこのぼくにとって、どこにめるとも知れぬ星でぼくらの見たことのない羊が薔薇をひとつ食べてしまったかどうかで、宇宙ぜんたいがちがうものになってしまうんだよ。

星空を見つめてごらん。そして心にこうたずねてごらん。「羊は、あの花を食べてしまったかしら、それとも食べていないかしら?」君たちは、答えがちがえば、すべてがすっかりわってしまうことにがつくだろう......。

でも、おとなたちは、それがそんなにも重大な問題だっていうことを、ぜんぜん理解できないだろう!


http://www.alz.jp/221b/aozora/lpp_47.png

  これは、ぼくにとって、世界でいちばん美しくて世界でいちばん哀しい風景だ。これは前のペジにあるのと同じ風景だけれど、ぼくは、君たちにこの風景をちゃんと見てもらうためにもう一度描いた。星の王子さまが地上にやってきて、そして去っていったのは、この場所なんだ。

この風景をしっかりと見て、えておいてほしい。いつの日か君たちが、アフリカの砂漠を旅して、この場所に行きたったとぎ、ああ、確かにここがあの場所だ、とわかるように。そしてもし、この場所を通りかかるようなことがあったら、お願いだから、いそいで通り過ぎないでほしい。どうか星の下で少しだけ待っていてほしい!もしそのとき、ひとりの子どもが君のところにやってきたら、もしその子が笑っていたら、もしその子のが金色だったら、そしてもし、その子が聞かれたことにはちっとも答えてくれなかったら、君は、その子が王子さまだとわかるはずだ。そしたら、君たちにお願いしたい。いつまでもこんなに哀しい持ちのままぼくをほうっておかないでくれたまえ。王子さまがってきたと、すぐぼくに手紙を書いて知らせてくれたまえ......。



No comments: